東京地方裁判所八王子支部 平成7年(ワ)1631号 判決 2000年11月09日
第1事件,第2事件原告
望月すみ江
右訴訟代理人弁護士
中川瑞代
同
栗山れい子
同
荒木昭彦
第1事件,第2事件被告
富国生命保険相互会社
右代表者代表取締役
小林喬
右訴訟代理人弁護士
八代徹也
主文
一 第1事件,第2事件被告の第1事件,第2事件原告に対する平成7年8月31日付けの同年9月1日から1年間の休職命令が無効であることを確認する。
二 第1事件,第2事件被告は,第1事件,第2事件原告に対し,金415万3394円及び内金323万1834円に対する平成9年4月21日から,内金92万1560円に対する平成11年7月21日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
三 第1事件,第2事件原告のその余の請求を棄却する。
四 訴訟費用は,これを4分し,その3を第1事件,第2事件原告の負担とし,その余を第1事件,第2事件被告の負担とする。
五 この判決は,第二項に限り,仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
一 主文第一項同旨
二 第1事件,第2事件被告(以下「被告」という。)は,第1事件,第2事件原告(以下「原告」という。)に対し,1737万8964円及び内金1184万9764円に対する平成9年4月21日から,内金552万9200円に対する平成11年7月21日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
一 原告は,昭和49年から被告に雇用されていた者であるところ,医師から頚肩腕障害であると診断されて平成3年4月22日から傷病欠勤し,その後平成4年12月1日から職場に復帰したものの,平成5年3月1日から期間6か月の休職を命じられ,続けて同年9月1日から期間1年間,平成6年9月1日から期間1年間,平成7年9月1日から期間1年間の各休職を命じられた。原告は,頚肩腕障害は業務上の災害であると主張し,労災の認定も受けているが,被告はこれを業務上の災害とは認めていない。そこで,業務上の災害による休業を業務外の災害による傷病欠勤として扱われたために本来受けられるべき補償金や賃金を支給されていないとして,既支給額を控除した残額の請求をするとともに,平成7年9月1日から1年間の休職命令が無効であることの確認を求めるなどした事案である。
平成5年3月1日から,同年9月1日から,及び平成6年9月1日からの各休職命令については,原告から無効確認訴訟が提起され,いずれの休職命令も無効であることが判決によって既に確定している。
本件における原告の請求は多岐にわたるが,概ね次のとおりに整理される。
1 平成3年4月22日から平成4年10月13日までは業務外の災害による傷病欠勤として扱われているが,これは業務上災害に基づく休業であるから,原告は,被告の特別補償金規定6条1項に基づく特別補償金の支給を受けるべきところ,傷病欠勤扱いとされたことにより,傷病手当の限度でしか支給がされていないとして,特別補償金として支払われるべき額から既支給額を控除した残額(別紙<略>1の請求額欄記載のとおり)の支払を請求するもの。
2 平成3年4月22日から平成4年10月13日までの欠勤は業務上災害に基づく休業であるから,原告は,被告の特別補償金規定6条2項に基づき賞与相当額の見舞金の支給を受けるべきところ,右欠勤分が控除された賞与額が支給されたのみであり,業務上の災害による休業については欠勤分の控除をすべきでないとして,見舞金として支払われるべき額から既支給額を控除した残額(平成3年上期に相当する分として9万2700円,同年下期に相当する分として77万2800円,平成4年上期に相当する分として66万3900円)の支払を請求するもの。
3 原告は,平成4年4月に定期昇給を受けるべきところ,業務上の災害に基づく休業を業務外の災害による傷病欠勤として扱われたため,平成4年12月分から平成5年2月分までの給与においては,平成4年4月の定期昇給がなかったものとして扱われているとして,本来支払われるべき給与額から既支給額を控除した残額(各月3240円)の支払を請求するもの。
4 平成4年の下期賞与においては,業務上災害で休業した期間は控除されるべきではないのに,不就労扱いで控除されたとして,本来受けるべき賞与の額から既支給額を控除した残額(74万1100円)の支払を請求するもの。
5 原告は,平成4年4月の定期昇給を受けていない上,平成5年ないし平成7年の定期昇給も受けていないし,平成5年及び平成6年のベースアップ分も受けていないが,被告による平成5年3月1日から,同年9月1日から,及び平成6年9月1日からの各休職命令はいずれも無効であるから,原告には定期昇給分及びベースアップ分の支払がなされるべきであるとして,無効な休職命令によって失った平成5年3月分から平成7年8月分までの定期昇給及びベースアップによる増額分(別紙2の請求額欄記載のとおり)の支払を請求するもの。
6 被告による平成5年3月1日から,同年9月1日から,及び平成6年9月1日からの各休職命令により,原告は,平成5年上期から平成7年上期までの各賞与の支給を受けていないが,いずれの休職命令も無効であるから,原告は右各賞与の支給を受けるべきであるとして,右各賞与(別紙3記載のとおり)の支払を請求するもの。
7 被告は,平成7年9月1日からの休職命令を発するに当たり,原告の頚肩腕障害が治癒しておらず,症状の増悪あるいは再燃可能性がなくなっていないため,通常勤務が可能になる状態に至ったとは認められないことを理由としたが,原告は,通常勤務に何ら支障のない状態であり,症状増悪の事実も存在しないから休職事由は存在しないし,右休職命令は,原告による労働者の権利確保の行動等を嫌悪して,原告を職場から排除するためにされたものであって,人事権の濫用に当たるとして,右休職命令の無効の確認を求めるもの。
8 被告の行った平成7年9月1日からの休職命令は無効であるから,平成7年9月分から平成8年8月分までの給与並びに平成7年下期及び平成8年上期の賞与の支給を受けるべきところ,右休職命令により,給与の85パーセント相当額が支払われているのみであるとして,本来支払われるべき給与及び賞与の額から既支給額を控除した残額(給与については別紙4記載のとおり,賞与については別紙3記載のとおり)の支払を請求するもの。
9 被告は,原告に過重な負担がかからないように人員を配置するなどして,原告の業務量を適正にすべき安全配慮義務を負っていたにもかかわらず,右義務を怠り,過重な業務をさせ続けた結果,原告が頚肩腕障害に罹患したものであるから,被告には安全配慮義務違反の債務不履行があり,頚肩腕障害が発症しなかったとすれば原告が受けたであろう賃金額と既支給額との差額が右債務不履行による損害であるとして,右債務不履行に基づく損害賠償を予備的に請求するもの。
10 被告は,平成9年2月18日付け及び同年9月5日付けで懲戒処分を発令したが,右各懲戒処分は無効であることなどを理由として,原告に対して支払われるべき平成8年9月分から平成11年7月分までの給与及び平成8年下期から平成11年上期までの賞与のうち一部しか支給されていないとして,支払われるべき給与及び賞与の額から既支給額を控除した残額(給与については別紙5記載のとおり,賞与については別紙3記載のとおり)を請求するもの。
11 頚肩腕障害による傷病欠勤により,原告が本来受けるべき賃金額と支払われた額との間に差が生じており,その差額が不法行為に基づく損害であるとし,また,原告が本件訴訟の提起に当たって原告代理人に請求額の1割の報酬の支払を約し,100万円の支払義務を負ったものであるところ,この弁護士報酬は,被告の違法な休職命令等により原告が賃金等の支払を受けられず,本件訴訟を提起せざるを得なかったために原告が被った損害であるとして,右差額と右弁護士報酬について不法行為に基づく損害賠償を求めたもの。
二 争いのない事実及び証拠により容易に認められる事実
(当事者間に争いのない事実については,特にその旨を断らない。また,証拠により認められる事実については,認定に供した主な証拠を略記して摘示する。以下,同様とする。)
1 当事者
(一) 被告は,生命保険会社である。
(二) 原告は,昭和49年7月29日被告に入社し,八王子支社において勤務していた。
2(一) 原告は,平成3年2月22日,八王子中央診療所の小島正道医師(以下「小島」という。)から頚肩腕障害との診断を受け,同月25日から同年4月21日まで有給休暇を取得し,同月22日からは,傷病欠勤の届出をして欠勤した。
(二) 原告は,平成4年4月24日,小島から半日勤務が可能である旨の診断を受け,被告に診断書を提出して復職を求めたが,被告は,傷病欠勤を解くためにはその傷病が治癒したことが条件であるとして復職を認めなかった。
(三) 原告は,平成4年8月21日,小島から全日勤務が可能である旨の診断を受け,被告に対し,診断書及び出社届を提出した。被告は,同年10月14日に至って傷病欠勤を解き,原告は,同年12月1日から出社することとなった。
3(一) 被告は,原告に対し,平成5年2月26日,同年3月1日から6か月の休職を命じる処分を行った(以下この処分を「第1回休職命令」という。)。
(二) 被告は,原告に対し,平成5年8月23日,同年9月1日から1年間の休職を命じる処分を行った(以下この処分を「第2回休職命令」という。)。
(三) 被告は,原告に対し,平成6年8月30日,同年9月1日から1年間の休職を命じる処分を行った(以下この処分を「第3回休職命令」という。)。
(四) 第1回休職命令,第2回休職命令及び第3回休職命令(以下まとめて「従前の休職命令」という。)に基づく休職期間中は,いずれも無給とされていた。
4 被告は,原告に対し,平成7年8月31日,同年9月1日から1年間の休職を命じる処分を行った(以下この処分を「本件休職命令」という。)。
本件休職命令は,原告が被告の就業規則に定める通常勤務可能な状態に至ったとは認められないとして,被告の内務職員就業規則(以下「就業規則」という。)48条1項(1),(5)及び(6)に基づき1年間の休職にするというものであった。
本件休職命令は,従前の休職命令とは異なり,例外的に,基準給与の85パーセント相当額を支給するものであった。
5 被告の特別補償金規定(以下「本件補償金規定」という。)6条1項は,「職員が業務上災害により休業した場合には,基準賃金相当額から労災保険法による休業補償給付額および休業特別支給金の合計額を差引いた金額を支給する。」と規定している。また,同条2項は,「職員が休業補償を受給する期間中に賞与の支給日が到来したときは,通常に勤務している場合の賞与相当額の10割以内を見舞金として支給する。」と規定している。
6 平成3年4月当時,原告の職種及び資格は一般職の書記2級3号であり,原告の給与は,月額25万2560円であった。その内訳は,本給が49号俸で9万9360円,資格手当が14万2700円,職務手当が初―4級で1万0500円であった(<証拠略>)。
7(一) 原告は,第1回休職命令及び第2回休職命令が無効であることの確認を求める訴え(以下「第1次訴訟」という。)を提起し,右各休職命令が無効であることを確認する旨の確定判決を得た。第1次訴訟において,原告は,平成5年3月分から平成6年8月分までの給与を併せて請求し,これについても認容された(<証拠略>)。
(二) 原告は,第3回休職命令が無効であることの確認を求める訴え(以下「第2次訴訟」という。)を提起し,第3回休職命令が無効であることを確認する旨の確定判決を得た。第2次訴訟において,原告は,平成6年9月分から平成7年8月分までの給与を併せて請求し,これについても認容された(<証拠略>)。
8 被告は,原告に対し,平成9年2月18日付けで,「懲戒処分に付する件」と題する文書を発し,同年3月1日付けをもって主任を解く旨の懲戒処分(以下「第1次懲戒処分」という。)を行った。第1次懲戒処分は,<1>原告が平成8年12月1日付けで被告の取締役に対して被告の信用を毀損する文書を送付したこと,<2>同月4日,原告が被告の多数の事業所に宛てて被告の信用を毀損する文書をファックスで送信したこと,及び<3>同月6日,原告が被告の許可なく就業時間中に労働組合活動を行うとともに,業務日報においてあたかも就労したかのような虚偽の報告をしたこと,の各事実が就業規則に反することを理由としていた(<証拠略>)。
9 被告は,原告に対し,平成9年9月5日付けで,「懲戒処分に付する件」と題する文書を発し,同月10日付けで書記補1級3号に降格とする旨の懲戒処分(以下「第2次懲戒処分」という。)を行った。第2次懲戒処分は,<1>平成9年3月1日発行の「働く女性のパワーアップメニュー」の「富国・貧民・無法地帯」と題する文章において被告の信用を毀損したこと,<2>同月15日,「富国生命闘争の勝利をめざす支援共闘会議」発行の「支援共闘ニュースNo.1」に掲載された「富国のマークは会社体質をあらわしている」と題する文章において社章に関する虚偽の事実を記載し,被告の信用を毀損したこと,並びに<3>平成9年6月20日及び同月27日,被告の許可なく自己の持ち場を離れて労働組合活動を行うとともに,業務日報においてあたかも就労したかのような虚偽の報告をしたことが就業規則に反することを理由としていた(<証拠略>)。
三 主な争点
1 原告の疾病は被告の業務に起因するものか否か。
2 平成3年4月22日から平成4年10月13日までの原告の休業は,本件補償金規定6条1項にいう「業務上災害により休業した場合」に当たるか否か。
3 原告に関して平成4年4月の定期昇給が認められるか否か。
4 本件補償金規定6条2項に基づいて具体的な見舞金請求権が発生するか否か。
5 本件補償金規定6条に基づく特別補償金請求権ないし見舞金請求権の消滅時効の起算点はいつか。
6 給与差額請求権ないし賞与請求権の消滅時効の起算点はいつか。
7 原告の平成4年下期賞与の算定に当たり,原告の傷病欠勤期間を控除の対象とすべきか否か。
8 平成5年3月分から平成7年8月分までの給与差額請求ないし賞与請求について,第1次訴訟及び第2次訴訟(以下まとめて「別訴」という。)の既判力が及ぶか否か。
9 本件休職命令の無効確認請求について,確認の利益があるか否か。
10 本件休職命令に関し,休職事由に該当する事実があったか否か。
11 本件休職命令は人事権の濫用に当たるか否か。
12 第3回休職命令による休職期間経過後の給与について,別訴の既判力が及ぶか否か。
13 原告の疾病に関し,被告に安全配慮義務違反の債務不履行による損害賠償責任が認められるか否か。
14 第1次懲戒処分は無効か否か。
15 第2次懲戒処分は無効か否か。
16 被告に不法行為に基づく損害賠償責任が認められるか否か。
四 争点に関する当事者の主張<略>
第三争点に対する判断
一 争点1(疾病の業務起因性)について
1 原告の疾病の発症,その後の経過等
前記争いのない事実及び証拠により容易に認められる事実(以下「争いのない事実等」という。)並びに証拠(<証拠略>)によれば,次の各事実が認められる。
(一) 原告は,料金業務に担当替えになった直後の昭和62年5月ころから,腕に痛みを感じ始めた。同年7月ころには,原告は,ドアノブが回せないような腕の筋の痛みやしびれを感じ,針治療に通うようになったが,特に症状が改善されることはなく,ドアノブが回せない状態は,慢性化して,腕全体が重くしびれるようになった。
原告は,その後,内科医や整形外科医の診察を受け,痛み止めの薬を飲むなどしたが,症状の改善は見られなかった。
昭和63年ころからは,仕事の途中に顔がのぼせる,突然発汗する,動悸が激しくなる,指が震える,といった症状も加わり,肩の痛みも突き刺すような疼痛になった。また,呼吸が苦しくなることも時々あった。同年10月ころからは,肩や腕の痛みのために眠れなかったり,眠っていても目が覚めたりするようになった。
その後も症状は悪化し続け,平成2年4月ころからは,仕事の間中,体が緊張してこわばり,背中まで突っ張るようになった。また,不眠症のため頭がふらふらする,かん高い人の叫び声に発汗する,体中の筋肉がぎゅっと縮こまる,といった状態にもなった。
さらに,腕や肩のだるさ,痛み,背中や腰の痛み,突っ張った感じは,悪化していき,平成2年8月ころからは,頭痛もひどくなり,平成3年1月からは,めまいや吐き気が伴うようになった。また,体中のこわばりも進行した。
(二) 原告は,平成3年2月,八王子中央診療所において小島の診察を受けたところ,所見及び検査の結果は,次のとおりであった。
原告の訴えに一致して広範囲の筋硬結,圧痛を認める。―<1>前斜角筋,<2>側頚部,<3>項筋群,<4>胸椎旁脊椎筋群,<5>僧帽筋,<6>肩甲挙筋,<7>菱形筋,<8>大胸筋,<9>棘下筋,<10>小円筋,<11>上腕筋群(右),<12>前腕筋群(右),<13>母指球(右)。特に,<3>~<7>にかけての筋硬強く,板状硬の状態。モーレイテスト右(+)左(±)。ライトテスト(-)。手指振戦(-)。上肢保持テスト(-)。ラセーグテスト(-)。脊椎棘突起の圧痛。頚椎,胸椎は広範囲に圧痛認める。L2,L3圧痛(+)。手指関節,肘肩関節についての器質的変化は特に認めず。すなわち,変形,結節,膨隆,腫脹等の所見なく,特に血液検査の必要性認めない。握力右18.0キログラム,左19.0キログラム。頚部運動制限及び運動痛,右肘関節,右肩関節の運動制限。
(三) 小島は,診察の結果,平成3年2月15日,原告の疾病は被告における業務に起因するものであると判断し,頚肩腕障害と診断した。
初診後,原告に症状の増悪傾向が認められたため,小島は,原告に対し,同月22日,休業して加療に専念するよう指示し,同日付けで,「病名頚肩腕障害,右記にて,右上肢の疼痛,脱力感強く,2月25日から4月30日まで65日間の休業加療を要す状態。」旨の診断書(<証拠略>)を作成した。
原告は,小島の指示に基づき,平成3年2月25日から同年4月21日まで年次有給休暇を取得し,同月22日から傷病欠勤の届出をして休業した。
原告に対する治療は,マニプレーションを主とし,当初2か月程度は,不眠に対して入眠導入剤を用いた。頑固な疼痛については,休業後1か月で軽減が得られたが,寒冷,雨天等の天候の影響を受け,症状の増悪も時折見られた。
平成3年4月からは,温水プールで水中体操を開始する等,職場復帰に向けた訓練も開始された。
平成3年の秋から冬にかけては,寒冷のため一時腰背部痛の増悪が見られ,難治傾向があったが,平成4年3月ころには症状の改善が見られたため,小島は,軽減勤務が可能であると判断し,同年4月24日付けで,「病名頚肩腕障害,右記にて休業加療しているが症状軽快みられ,以下の内容で疲労蓄積を避けることを厳守し,5月1日より就労可と認む。即ち,半日勤務,及び毎水曜日は休業して疲労回復にあて,加療の上1ヶ月間経過観察とする。」旨の診断書(<証拠略>)を作成した。
もっとも,原告の軽減勤務の申出を被告は受け入れず,原告は,引き続き休業することとなった。
その後も,緩やかではあるが,症状は軽快し,平成4年8月に至り,原告の握力が左右とも20キログラム以上にまで回復したことなどから,小島は,全日勤務が可能であると判断し,同月21日付けで,同年9月から全日勤務が可能な状態と認める旨の診断書(<証拠略>)を作成した。
この間,原告は,リハビリとして,水中体操のほか,整体治療,散歩やハイキングといった療養を行っていた。
原告は,平成4年12月1日から勤務に復帰し,復帰してからも週に約1回は小島の診察を受けていたが,特に症状の増悪は認められず,その後も,休業を要する状態になったことは全くない。
2 頸肩腕症候群及びその症状について
(一) 証拠(<証拠略>)及び弁論の全趣旨によれば,次のことが認められる。
頸肩腕症候群については,未だ明確な定義を欠くが,一般には,主として頚部,肩,上肢にかけての痛みを訴え,しびれ感,重感,脱力感,知覚異常などの症状を併発する状態につけられた総括的名称とされ,他覚的には,当該障害部の筋肉の病的な圧痛,硬結等を伴う。自覚的症状が主体で,他覚的所見に乏しく,業務に起因して発症する場合もそれ以外の原因で発症する場合もあるとされる。
頸肩腕症候群は,医学的にその病理的発生機序が十分に解明されているとはいえないが,発症の原因は複雑多岐であり,労働因子,身体的因子,精神的・心理的因子を無視することができないと考えられている。この3つの因子を明確に同等に並べて3大要因とする見解もあるし,精神的,心理的労働適性の方を強調する見解もある。
なお,日本産業衛生学会は,頸肩腕症候群中業務に起因するものを頚肩腕障害とし,その定義として,「業務による障害を対象とする。上肢を同一肢位に保持し,または反復使用する作業により神経・筋疲労を生ずる結果起こる機能的あるいは器質的障害である。ただし,病像形成に精神的因子および環境因子の関与も無視し得ない。」旨の説明をしている(小島は,原告に対する診断病名として,日本産業衛生学会の基準に基づき,業務に起因する疾病との意味で「頚肩腕障害」との語を用いている(<証拠略>)が,以下本判決においては,頸肩腕症候群と呼ぶか頚肩腕障害と呼ぶかは別として,原告の罹患した疾病を「本件疾病」という。)。
3 原告が従事した業務の内容及び業務量
(一) 被告八王子支社の機構(<証拠略>)
被告八王子支社は,所属部や課などには分かれておらず,契約,業務,保全,料金,保険金,会計といったおおまかな区別がされていた。区別された各業務の内容は,次のとおりである。
(1) 契約
八王子支社管轄下の営業所から上がってくる新規契約が年齢制限や金額制限等の規定の範囲内で結ばれているか,契約書に記載された特約内容や保険料等に間違いがないか,払込方法が適切か否か,といった事項の点検及び集約
(2) 業務
外務職員の採用,大蔵省への登録,成績査定,昇降格,登録廃止及び退職手続
(3) 保全
名義変更,内容変更,契約者貸付及び解約手続
(4) 料金
保険料集金の管理,領収証管理,保険料支払方法の変更及び住所変更手続
(5) 保険金
満期保険金,死亡保険金及び入院給付金の支払手続
(6) 会計
保険金関係及び保全関係の支払並びに料金関係の本社送金手続
(二) 保全業務(<証拠略>,原告本人)
原告は,被告に入社した当初は,被告八王子支社において,業務担当となり,昭和53年1月からは,同支社において,保全業務の担当となった。
保全業務は,外務員が締結してきた契約を満期まで全うできるようアフターサービスを提供する業務であり,解約,契約者貸付,保険金額や特約などの契約内容の変更及び契約名義の変更の各手続に関し,請求書を受け付けて内容をチェックした上,2枚ないし4枚の複写式の書類送付案内を作成して本社に送付する業務であった。
(三) 保険金業務(<証拠略>)
右(一)では,保全業務と保険金業務とが分かれているが,原告が保全業務の担当となった当時は,保全業務に加えて保険金業務も原告が担当することになった。
保険金業務の内容は,概ね次のとおりであった。
(1) 満期保険金
本社から送られてくる満期到来リストと満期請求書を取扱者ごと,地区ごとに分類して営業所に配布する。営業所から距離が離れているために契約者に直接届けることができない請求書については,支社から郵送する。
契約者が請求書に記入して提出してきたら,その内容を確認し,送付案内を作成して本社に送付する。
右手続が済んだ後,契約者が現金払を希望しているものについて支払期日が到来した場合には,保険金を支払う。
(2) 死亡保険金及び入院給付金
死亡保険金及び入院給付金の請求書類を受け付けた場合には,管理リストを作成して内容をチェックし,3枚複写の書類送付案内を作成して本社に送付する。そして,現金払が必要なものについては,保険金等を支払う。
(四) 保全業務及び保険金業務の業務量の増大(<証拠略>)
(1) 解約に関する業務
従前は,営業所や外務員においても解約を受け付けていたが,昭和59年ないし昭和60年ころからは,解約の受付を支社窓口に一本化し,窓口においては,契約の継続を説得し,なお解約を希望する場合に初めて解約手続をとるようになった。
そのため,1日に1人か2人しか来なかった窓口来客が,1日に5,6人,多いときには1日に10人も来るようになった。
(2) 契約者貸付に関する業務
従前は,契約者貸付の手続は営業所経由で行っていたため,支社には契約者貸付の用件での窓口来客は全くなかったが,昭和57年ないし昭和58年ころから,支社で契約者貸付の手続をするようになったため,契約者貸付の用件での窓口来客も来るようになった。
(3) 契約内容の変更に関する業務
契約内容の変更をした場合の保険料額の試算を依頼されることが増加し,昭和53年ころにはほとんどなかったが,昭和55年ころには1日5,6件の依頼がされるようになった。
(4) 満期保険金
満期を迎えた契約がある場合,交通の不便な場所には,従前は支社から満期請求書を郵送していたが,昭和60年ころからは,確実に保険契約者に交付するため,契約者の訪問が可能な営業所を探し,管轄の支社と折衝の上移管するなど,繁雑な手続が増えた。
右の方法によることができず,なお郵送が必要な場合,あらかじめ電話で保険契約者に連絡して郵送する旨の了解をとった上で郵送するようになり,郵送後も返送の督促をするようになった。
(5) 給付金
従前の災害入院特約に加えて疾病入院特約が出現したことや,従前は被保険者本人のみが対象だったのに対して1980年代になって家族型が発売されるようになったことにより,給付金に関する業務は当初に比べて5,6倍に増加した。
(6) その他,契約名義の変更業務も増加したし,死亡保険金業務も,保険金額が大きくなったことから,少額の場合に省略できる書類が省略できず,いずれも業務量が増大した。
(五) 原告は,昭和59年,主任となった(<証拠略>)。
(六) 保険金業務の分離(<証拠略>)
右のように業務量が増大したため,昭和61年ころから,原告は,保険金業務の担当を外れ,保全業務のみの担当になった。
一方で,当時の料金担当の業務も増加傾向にあり,オンライン化でコンピューター入力が増えたことなどにより,料金担当の業務を原告が手伝わなければならないこともあった。
(七) 料金業務への担当替え(<証拠・人証略>)
昭和62年5月になって,原告の担当業務は,保全業務から料金業務に替わった。
料金業務の内容は,概ね次のとおりであった。
(1) 領収証の管理
<1> 領収証の手配
被告において使用する領収証には,A領収証と呼ばれるものとB領収証と呼ばれるものとの2種類があった。
A領収証(<証拠略>と同様のもの)は,毎月の集金が予定されているものについて使用されるものであり,本社のコンピューターで契約日や契約者名等の項目を印字した上で,まとめて支社に送られてくる。
B領収証(<証拠略>と同様のもの)は,契約者が臨時に保険料を支払う場合など,A領収証が作成されない場合に,手書きで記入するための領収証である。
A領収証は,印字済みのものが連なった状態で送られてくるので,営業所ごとに切り分ける。印刷が間に合わなかったものについては,毎朝オンライン端末機で配信されるデータを白紙のA領収証用紙に印字する。印字されたA領収証は,営業所ごとに分けて配布する。
B領収証については,領収証の在庫を管理し,在庫がなくならないように本社に注文する。
また,当月に使用するB領収証の枚数を予測し,前月末に営業所ごとに,マークシート方式の「B領発行ヘッダーカード」を作成する。
B領発行ヘッダーカードを作成したら,同カードと複写式のB領収証の最終葉をOCR機に読み取らせ,営業所ごとの「B領発行リスト」を作成した上,B領収証を各営業所に配布する。
A領収証,B領収証のいずれについても,使用した枚数と在庫の枚数を管理表に記入してチェックする。
<2> 領収証の回収
一度手配した領収証のうち,他機関で集金された,あるいは内容変更に伴い新しい領収証が手配されたなどの理由により不要になったものを,オンライン機により配信された「回収リスト」に従って営業所から回収し,マークシート方式の「回収ヘッダーカード」を営業所ごとに作成する。
そして,領収証と連動して作成されている「読み取りカード」と回収ヘッダーカードをOCR機にかけて「回収確認リスト」を作成した上,リストの内容をチェックした後に領収証を廃棄処分にする。
(2) 集金管理
営業所で集金したものが支社に入金されると,入金額を確認し,営業所で作成した「入金票」に確認印を押印して営業所に返却する。そして,2枚複写の入金伝票を作成し,会計担当に入金する。そして,マークシート方式の「集金ヘッダーカード」を作成した上,集金ヘッダーカードと,領収証と連動で作成された「入金カード」をOCR機に読み取らせて,「入金リスト」を作成し,内容をチェックする。
また,1日トータルのリストを作成し,内容をチェックする。
(3) 銀行口座振替手続
契約期間の途中で銀行口座振替への変更をする場合の手続であり,振替開始期月と次回払込期月が一致するのを待ってオンライン端末機に入力する。
入力項目は,証券番号,契約者名,銀行名及び銀行コード,支店名及び支店コード,口座番号並びに口座名義人の各項目であり,住所変更がある場合には新住所も入力する。
銀行振替ができなかった契約については,本社からリストと「訪問カード」が送られてくるので,営業所ごとに分けてリストと訪問カードを配布する。取扱者がいない契約は抜き出して保全員に依頼する。リストは,回収して支社控えに転記し,綴っておく。
(4) 団体料金
一般団体については,保険契約者から「差し引き依頼書」の提出を受けた上で,その団体の担当支社を探し,団体の給与事務担当者の確認印を押してもらうよう依頼した上,本社団体料金課に対し,担当支社から送り返されてきた差し引き依頼書を提出する。給与から差し引かれた保険料は,団体から送金されてくるが,支社宛てに送金されてきた場合は,内容明細と「付け替え伝票」を作成して本社に送るとともに,本社に送金する。
防衛庁については,まず,毎年初めに所属基地ごとに全契約の一覧表を手書きで作成する。八王子支社の担当は4基地あり,契約件数は約300名500件である。右一覧表には,所属部署,氏名,1件ごとの契約証券番号,保険料金額を記載する。また,新たな契約や,転出,転入の異動をその都度右一覧表に書き加え,それと同時に,転入先や転出先の支社及び本社団体料金課に通知する。防衛庁から支社に送金された金額が書類に記入された金額と相違していた場合には,記入後の異動内容を調査する。
(5) 保険料払込方法の変更,通信先住所の変更
保険料払込方法の変更届が提出された場合には,変更開始希望の期月と実際の次回払込期月が一致していることを確認の上,オンライン端末機に証券番号,契約者名及び新払い方コードを入力し,住所変更がある場合には右に加えて新住所をも入力する。
保険料払込方法の変更は,1か月に約50件ある。
通信先住所の変更の届出は,書面でされることもあるが,電話で受け付けた場合には,変更の届出の書面を作成する。その際,新集金先が集金地区外でないかどうかを確認する。
その上で,オンライン端末機に証券番号,契約者名,新住所及び電話番号を入力する。
(6) 八王子市役所への配当金支払
5月初旬に,本社に対し,八王子市役所の契約者一覧リストを請求する。その後約2週間でリストが送られてくるので,5月中旬にリストを八王子市役所に持参し,市役所のリストとつきあわせる。これをもとに「所属変更届」を作成し,本社に提出する。
所属変更後の所属課ごとに分けられた明細書が送られ,配当金額が送金されてきたら,「金種」を会計担当に連絡して銀行から引き出してもらい,個人ごとに封筒に詰め,送られてきた明細書を表に貼る。
そして,個人ごとに詰めた封筒をさらに所属課ごとに大封筒に入れ,表に所属課及び人数を記入する。
それをさらにまとめて大封筒に入れ,領収証を添えて市役所に持参する。
契約件数は約200件である。
(7) 営業所指導
年に4回,8か所ある各営業所に赴き,料金関係業務が適正に行われているかどうかを指導する。
朝一番に営業所に行き,出勤前の職員たちの手元のA,B領収証を提出してもらい,「領収証受渡し表」の在庫数値と照合する。
B領収証の発行に当たって通し番号,受取職員名がリストに記入されているか確認する。
保険契約者から保険料の支払を受けてから3日以内に支社に入金できているかを確認する。
営業所の諸帳票が正確に綴り込みされているかを確認する。
これらについて報告書を作成し,一部を本社料金課に送付し,一部を八王子支社に保管する。
(8) その他
窓口来客の応対や電話応対は,第一次的には保全担当者の業務であるが,保全業務の担当職員が不在の場合や,窓口に複数の来客があった場合などには,料金業務の担当者である原告も窓口来客の応対などをする。また,他の職員からの質問を受けての回答や,パートの職員に対する指導も行っていた。
(八) 保全員の配属と料金業務の増大(<証拠・人証略>)
(1) 昭和63年4月,それまで八王子支社にはいなかった集金専門の保全員3名と保全指導員1名が八王子支社に配属された。それに加え,特に集金件数の多い営業所が八王子支社の管轄下に入った。
これにより,原告が担当していた料金業務は,次のように増大した。
<1> 領収証の手配
保全員の配属により,従前1か月約1500件だったA領収証の発行が一気に約5500件に増えた。
また,B領収証の発行も,従前約100枚だったのが約200枚に増加した。
<2> 保全員分の領収証の回収
保全員から回収分の領収証と回収明細が提出された際,明細と現物をチェックし,領収証管理表に記入した後,OCR機によって入力をする業務が増加した。
<3> 集金管理
前日に保全員が集金した分の「入金カード」について入金内容,領収証枚数及び金額が合致しているかチェックする業務が追加された。
(2) (1)のように業務が増大した状況を踏まえて,被告八王子支社において検討した結果,増員が必要との判断に至り,昭和63年5月からパートの職員を1名採用した。もっとも,採用したパートの職員は,同年8月で退職したため,後任のパート職員を手配する一方で,当初別の担当に配属の予定で採用した正社員を同年9月から料金業務に従事させ,右正社員が当初予定されていた担当に替わった同年11月ころから,新たなパートの職員に料金業務を補助させた。
さらに,平成元年4月からは,正社員が料金担当に配属されることになり,原告を含めて2名で料金業務を行うようになった。
(九) 保険金業務への担当替え(<証拠略>)
原告は,平成2年4月,料金業務から保険金業務に担当が替わった。
4 頸肩腕症候群と業務との因果関係について
(一) 労働省通達(<証拠略>)は,頸肩腕症候群と業務との因果関係について,次の要件を示している。すなわち,<1>従事した業務が,上肢の動的筋労作(例えば,打鍵などの繰り返し作業)又は上肢の静的筋労作(例えば,上肢の前・側方挙上位などの一定の姿勢を継続してとる作業,頚部を前屈位で保持することが必要とされる作業を含む。)を主とする業務であること,<2>右業務に相当継続して従事し,その業務量が同種の他の労働者と比較して過重である場合又は業務量に大きな波がある場合であること,<3>症状が業務以外の原因によるものではないこと,<4>業務の継続により症状が持続するか,又は増悪の傾向を示すことである。
労働省通達は,頸肩腕症候群の病態や原因について医学的にその病理的発生機序の解明が進んでおらず,見解が分かれている現段階において,医学的に解明されている範囲を集約し,行政的に定義を明確にしたものと考えられるから,右通達の認定基準は,訴訟における頸肩腕症候群と業務との相当因果関係の判断についても斟酌するのが相当である。
前記認定の各事実からすれば,昭和62年5月から平成2年4月までの間に原告の従事した業務は,オンライン端末機を用いての入力のほか,領収証,帳票等への記入,入金額の確認,書類の綴り込み,電話応対,窓口応対,他の職員の指導などの混合業務であり,上肢の動的筋労作又は上肢の静的筋労作を主とする業務とはいえないから,右通達を基準とすれば,頸肩腕症候群と業務との間の因果関係を認めることはできない。
しかし,右通達の認定基準は,医学的に解明が不十分である頸肩腕症候群について業務との関連性が比較的明確である場合をまとめて定型化したものであり,それ以外の作業態様から頸肩腕症候群が発症する可能性があることを否定するものではない。
そこで,原告の従事した業務の内容及び業務量,原告の症状の推移と業務との対応関係等に照らし,本件疾病と業務との間に相当因果関係が認められるかどうかを検討する。
(二) 昭和53年1月から昭和62年4月までの間に原告が従事した業務について
原告が昭和62年4月までの間に担当した保全業務及び保険金業務は,前記認定のとおりであり,窓口応対,電話応対,書面の内容確認,書類の作成及び保険金の支払を内容とするものであって,一般的な内勤事務であるものと認められ,右業務が上肢に負担のかかる業務であったことや,その業務量が過大であったことを認める証拠はない。
(三) 昭和62年5月から平成2年3月までの間に原告が従事した業務について
原告の従事した業務を,作業ごとに大別すると,概ね次のようになる(<証拠略>,原告本人,弁論の全趣旨)。
(1) オンライン端末機の操作
オンライン端末機を操作する作業には,A領収証の追加分の印字作業,銀行口座振替手続の際の入力作業,保険料払込方法の変更の際の入力作業及び通信先住所変更の際の入力作業がある。銀行口座振替手続の際の入力項目は,証券番号,契約者名,銀行名及び銀行コード,支店名及び支店コード,口座番号及び口座名義人並びに住所変更がある場合の新住所であり,昭和62年当時は1日に約10件,昭和63年以降は1日に約20件あった。保険料払込方法変更の際の入力項目は,証券番号,契約者名及び新払い方コード並びに住所変更がある場合の新住所であった。通信先住所変更の際の入力項目は,証券番号,契約者名,新住所及び電話番号であった。昭和62年当時は,保険料払込方法変更と通信先住所変更を合わせて1日に約10件,昭和63年以降は1日15,6件あった。
これらの操作は,1件当たり1ないし2分程度の作業であり,1日通算の作業時間でも最大40分程度である。
(2) 書字作業
書字作業の主なものは,領収証管理表への記入作業,入金伝票の作成作業などである。
領収証管理表への記入作業は,A領収証追加分を発行するときや,窓口入金があって領収証を発行するときなどに,使用数及び在庫数を記入する作業であり,入金伝票の作成作業は,集金した保険料が営業所から入金された際に2枚複写の伝票に記入する作業である。
(3) マークシート用紙への記入
マークシート用紙への記入作業には,「回収ヘッダーカード」の作成作業,「集金ヘッダーカード」の作成作業及び「B領発行ヘッダーカード」の作成作業がある。
回収ヘッダーカードの作成は,領収証を営業所から回収した際に,営業所ごとに作成するもの,集金ヘッダーカードは,集金した保険料が営業所から入金された際に作成するもの,B領発行ヘッダーカードは,B領収証を手配する際に,営業所ごとに1月単位で作成するものである。
(4) (1)ないし(3)の作業のほか,集金された保険料が入金された際にその金額を数える作業,領収証の枚数をチェックする作業,領収証を営業所に配布する作業,OCR機の操作,営業所や本社との間の電話での連絡,窓口応対等の作業があり,原告は,多角的な作業の混合業務を行っていたものである。
(四) 平成2年4月から平成3年2月までの間に原告が従事した業務について
平成2年4月から原告は保険金業務に担当替えになっているところ,保険金業務が上肢に負担のかかる業務であったことや,その業務量が過大であったことを認める証拠はない。
(五) (二)ないし(四)で認定した各事実からすると,昭和62年5月から平成2年3月までの間に原告の従事していた業務のうち,上肢に負担のかかる業務は,(三)(1)ないし(3)に指摘したオンライン端末機の操作,書字作業,マークシート用紙への記入であると考えられるところ,右期間に原告の従事していた業務は,前記のとおり,多角的な一般作業であって,(三)(1)ないし(3)の各業務が原告の従事していた業務の主たるものであるとまでいうことはできず,原告の従事していた業務がその作業態様それ自体からして上肢に過度の負担がかかる業務であったとは認められない。
もっとも,右期間に原告の担当していた業務は前記のような多角的作業であったが,その個々の作業の中には,領収証の管理,入金額の確認など,少なくとも原告が従前担当していた保全業務に比べれば高度の正確性が要求されるものが少なからず含まれており,多角的な作業をこなさなければならない中で正確を期すべき作業を並行的に行う必要があり,同時に主任として他の職員に対する指導を行う必要もあったことなどからすると,原告の精神的負担は決して軽くはなかったものと考えるのが相当である。
それに加えて,昭和62年5月から昭和63年3月までの間に原告が担当していた作業に比べ,同年4月に保全員が配属されたなどの事情により,料金業務の作業量が増大したことは前記のとおりであり,それに対しては,同年5月から約3か月間パートの職員,同年9月から約2か月間新入正社員,同年11月ころからパートの職員の補助をそれぞれ受けたとはいえ,平成元年4月には正社員が料金担当として1名追加配置され,その後は従前の料金業務を2名で担当する体制が継続していることを考えれば,昭和63年4月から平成元年3月までの間に原告に要求されていた作業量は,昭和63年3月までに比べれば相当増加したものと認めるのが相当である。
(六) その他の事情
証拠(<証拠略>)によれば,原告は,昭和57年ころから1人で生活していること,出産の経験はないこと,既往症は,10歳時に罹患した結核以外には特にないことが認められる。
また,証拠(<証拠略>)によれば,八王子労働基準監督署は,本件疾病が原告の業務に起因するものと判断したことが認められる。
(七) 以上を総合すると,原告の業務と本件疾病との間の因果関係については,次のようにいうことができる。
すなわち,原告が昭和62年5月から担当した料金業務は,それ自体として上肢に過度の負担のかかる業務ではないものの,オンライン端末機の操作や書字作業,マークシート用紙への記入など上肢を用いる作業も相当程度含まれており,料金業務は,それまで間近で見ていた作業であっても,原告が自ら担当することは初めてであったこと,従前の業務に比べて正確が期されることなどによる精神的負担は軽いものではなかったことからすれば,料金業務の原告への肉体的,精神的負担は軽いものではなく,その負担は昭和63年4月からの料金業務の業務量の増大により更に増加したものと認められる。そして,原告の疾病は,昭和62年5月に腕の痛みを感じてから平成3年2月まで悪化を続け,休業後は緩やかではあるが軽快して平成4年5月には軽減勤務が可能な状態,同年9月には全日勤務が可能な状態にまでそれぞれ回復したのである。このような原告の業務の内容及び業務量,原告の症状の推移と原告の業務との対応関係等を前提とし,他に本件疾病の原因となる要因が考えられないことをも併せ考えると,原告の業務が本件疾病の発症の相対的に有力な原因となったというべきであり,原告の業務と本件疾病との間には相当因果関係が存在すると認めるのが相当である。
(八) 右認定に反し,被告は,概ね<1>原告の症状が3か月で消退していないこと,<2>原告の業務は本件疾病の発症するような業務ではないこと,<3>原告の業務量が多かったとはいえないこと,<4>被告において原告のほかに頸肩腕症候群が発症した例がないこと,といった事情を挙げて,本件疾病は原告の業務に起因するものではないと主張する。
しかし,証拠(<証拠略>)によれば,頸肩腕症候群のうち,3か月で症状が消退しない例も少なくないことが認められるし,労働省通達は,3か月を経過しても順調に症状が軽快しない場合には他の疾病を疑う必要があるとしているにすぎず,3か月で症状が消退するか否かを業務上外の判断基準としていないことは,通達の文面上明らかである。かえって,本件においては,休業によって症状が回復方向に向かっているのであるから,症状の推移と業務との相関関係があると考えるのが合理的である。
また,被告は,原告の業務量が多かったとはいえないことの根拠として,同僚職員との残業時間や休暇取得日数の比較(<証拠略>)を挙げているが,同僚職員は原告とは別の業務を担当していたのであるから,比較の対象としては適切でなく,右比較は原告の業務量が多かったとはいえないことの理由とはならないといわざるを得ない。
さらに,頸肩腕症候群の発症原因が労働省通達に記載された業務に限定されるものではないことは既に述べたところであるし,被告において原告のほかに頸肩腕症候群の発症例がないとしても,同種の業務を担当した他の職員の業務量については明らかにされていない以上,原告の業務と本件疾病との間の因果関係を否定する根拠とはなり得ない。
したがって,被告の挙げた右各事情は,いずれも前記認定を左右するものではない。
二 争点2(特別補償金規定の要件該当性)について
1 業務上の災害であるか否かは労働基準監督署の認定によるとする原告の主張について
本件補償金規定6条にいう業務上災害に当たるかどうかは労働基準監督署の認定によると原告が主張する根拠は,要するに,本件補償金規定1条及び2条によれば,本件補償金規定の全体は,労災保険法による法定の補償が得られる場合に会社が更に上積みして労働者に所得を補償するとの内容であると考えられ,本件補償金規定6条の特別休業補償の規定は,本件補償金規定1条及び2条の趣旨に沿って解釈されるべきである,というにある。
しかし,本件補償金規定全体の趣旨が右のとおりであるとしても,本件補償金規定6条は,「業務上災害により休業した場合」と規定するのみであって,労働基準監督署による業務上の認定に従うとは明示されていないし,本件補償金規定は,4条ないし8条において,特別遺族補償,特別障害補償,特別休業補償,特別傷病補償及び育英年金の各支給要件を規定しながら,9条1号において,労災保険法による保険給付の全部又は一部が支給されない場合には,4条ないし8条に定める補償の全部又は一部を支給しないことがあると規定しており,4条ないし8条の要件に該当するが労働基準監督署による業務上の認定がされない場合のあることを想定している。また,本件補償金規定10条の通勤災害に関する規定においては,本件補償金規定6条とは異なり,労災保険法の適用を要件とすることが明示されている。
これらのことからすれば,本件補償金規定6条は,労働基準監督署の認定を前提としないものと解される。
2 業務上の災害であるか否かの認定権限は被告にあるとする被告の主張について
被告は,本件補償金規定は被告が行う法定外の特別補償について定めたものであることを理由として,業務上災害であるか否かの認定権限は被告にあると主張するが,右のとおり定めたものであることが業務上災害であるか否かについての裁判所の判断を排除する理由になるとは考えられないし,本件補償金規定自体によっても,被告が業務上災害であると認めたことが補償金支給の要件になるとは解し得ないから,被告の右主張は採用できない。
3 業務上災害による休暇によって休業した場合であることが補償金支給の要件となるとの主張について
被告は,本件補償金規定6条1項に基づく特別補償金支給の要件として就業規則30条1項(11)に定める業務上災害による休暇を取得したことが必要であると主張するが,本件補償金規定6条1項は,右主張に係る要件を規定していないから,被告の右主張は採用できない。
4 1ないし3を前提に検討すると,本件補償金規定6条1項は,特別補償金の支給要件として,業務上災害により休業したことを要件としており,原告は,前記一認定のとおり,業務に起因した疾病によって休業に至ったものであるから,右要件に該当する。
三 争点3(平成4年4月の定期昇給の有無)について
1 証拠(<証拠・人証略>)によれば,業務上災害による休暇を取得するには被告の承認が必要であるところ,原告が小島から休業の指示を受けて被告に対して業務上災害による休暇の取得を求めたにもかかわらず,被告の承認が得られなかったために,やむなく,平成3年4月21日までは年次有給休暇を取得し,その後は傷病欠勤の申出をして休業せざるを得なかったことが認められる。
右認定に反し,昭和62年3月から平成4年3月ころまで被告八王子支社の支社長であった関口守一は,証人尋問において,要旨次のような供述をし,同人作成の陳述書(<証拠略>)にも同旨の記載がある。すなわち,「平成3年2月から同年4月にかけて原告が年次有給休暇を取得し,同年4月から傷病欠勤をしたが,そのいずれの際にも,原告から職業病である旨の申出は受けていないし,傷病欠勤の手続について異議を述べたことはない。」というのである。
しかし,証拠(<証拠略>)によれば,小島は,原告に対する診断名である「頚肩腕障害」を,業務に起因する疾病であるとの趣旨で用いていることが認められ,これに加えて,小島が,平成3年2月22日には,頚肩腕障害との診断名で休業を指示する診断書(<証拠略>)を書いていることからすると,小島は,原告に対し,遅くとも右同日までには,原告の疾病は業務に起因するものであることを伝え,疾病の原因を除去すべく休業するよう指示したはずであり,それに従って小島の右診断書を持参した原告が,職業病である旨の診断を受けたことを被告に申告しなかったとは考えられない。また,平成3年4月23日に原告の所属する東京労組と被告との間で行われた団体交渉において,本件疾病が業務上の災害であるか否かが協議事項とされたこと(<証拠略>)からすると,原告は,被告に対し,右団体交渉以前から,本件疾病が業務上の災害であると主張していたと考えるのが自然である。
したがって,右認定に反する証人関口の前記証言及び同人作成の前記陳述書は採用することができない。
2 右認定の事実を前提にすると,原告が傷病欠勤の申出をして休業したのは,業務上災害による休暇を取得するに必要な被告の承認が得られなかったからであるにすぎず,業務上災害による休暇であれば受けられたはずの定期昇給が,被告の承認がないために受けられないというのは不当である。
業務上災害であるにもかかわらず,被告が業務上災害による休暇を承認しない場合には,傷病欠勤の手続をとらなければ給与の支給を受けることができないとすると,被告の恣意的取扱いを容認することになるから,就業規則30条1項(11)の要件を充たす場合において,業務上災害による休暇の取得の申出があったときは,被告が右申出を拒否することはできないと解すべきである。
そうすると,本件において,原告は,前記認定のとおり,業務上災害による休暇の取得の申出を行っており,就業規則30条1項(11)の要件を充たすものと認められるから,業務上災害による休暇によって休業したものと捉えるのが相当であり,欠勤者の昇給の規定は適用されないものというべきである。
したがって,原告が自ら傷病欠勤の申出を行ったことを理由として,定期昇給は認められないとする被告の主張は,採用することができない。
四 争点4(具体的見舞金請求権の発生の有無)について
本件補償金規定6条2項は,賞与相当額の10割以内を見舞金として支給する旨を定めているところ,同条項は,支給額の上限を定めるのみで具体的支給額について定めるものではなく,このことからすると,具体的な見舞金の支給額については被告の裁量に委ねるものと解され,同条項は原告の被告に対する具体的見舞金請求権の発生根拠とはならないと解するのが相当である。
原告は,右の点につき,本件補償金規定は業務上の災害で休業する労働者に対して所得を補償しながら休業する権利を保障したものであることを理由として,被告の裁量を否定するが,右の趣旨は同規定6条1項において,給与相当額が特別補償金として支給されることで十分実現されているものであり,具体的見舞金請求権が発生しないと解することが右趣旨に反するものではない。
また,原告は,本件補償金規定6条1項との均衡や,同条2項にいう「10割以内」との文言を挙げて,本件補償金規定6条2項は,通常に勤務している場合の賞与相当額と同額の金員を支払うことを定めたものであると主張するが,同条1項との比較で考えれば,1項が「基準賃金相当額を支給する。」と定めているのに対し,2項が「賞与相当額の10割以内を見舞金として支給する。」と定めているという規定の差異からすれば,1項とは異なり,2項は具体的支給額の決定を被告に委ねたものと考えるのが合理的であるし,「10割以内」との文言を「原則10割」と考えるべきであるとの主張は文理を無視するものであるから,原告の右主張は採用することができない。
五 争点5(特別補償金請求権等の消滅時効の起算点)について
原告は,労働基準監督署による業務上災害認定が特別補償金の支給の前提となることを根拠に,労働基準監督署による業務上災害認定がされた時が消滅時効の起算点であると主張するが,労働基準監督署による業務上災害の認定が特別補償金の支給の要件とならないことは前記二のとおりであり,また,小島が,平成3年2月15日,原告の疾病は被告における業務に起因する頚肩腕障害と診断しており,原告がそのころ特別補償金の支給の請求をすることが可能であったから,右主張は採用できない。
なお,右事実からすれば,被告の消滅時効の援用が権利の濫用,禁反言の原則に反するものでもない。
六 争点6(給与差額請求権等の消滅時効の起算点)について
原告は,「原告の請求が労災による休業を私傷病による欠勤と扱われたため定期昇給が受けられなかった部分を含めて請求している」ことを理由として,給与差額請求権ないし賞与請求権の消滅時効の起算点は労働基準監督署による業務上の認定がされた平成6年4月28日であると主張するが,原告の請求は,給与請求ないし賞与請求そのものであり,労働基準監督署の認定を要件とするものではないし,平成3年2月15日に小島が原告の疾病を被告の業務に起因する頚肩腕障害であると診断しており,原告は,「労災による休業を私傷病による欠勤と扱われたため定期昇給が受けられなかった部分」についても,給与ないし賞与の各支給時期のころには請求することが可能であったから,原告の右主張は採用することができない。
七 争点8(給与差額請求等に関する既判力)について
1 前記争いのない事実等によれば,平成5年3月分から平成7年8月分までの給与については,原告が別訴において請求しており,判決も確定している。
本件において,原告は,右期間中の定期昇給分及びベースアップ分の支払を求めているところ,これらは給与請求権の一部であり,証拠(<証拠略>)によれば,別訴における平成5年3月分から平成7年8月分までの給与請求においては,右期間中の給与請求権全体が訴訟物になっていたものと認められるから,本件における原告の右請求と,別訴における給与請求とは,訴訟物が同一の請求であり,本件における原告の右請求には,別訴の確定判決の既判力が及ぶ。
そして,別訴において確定された平成5年3月分から平成7年8月分までの給与については,既に全額が支払済みであることに争いはなく,右期間の給与請求権は,弁済により消滅しているから,原告の右期間の給与請求には理由がない。
本件における原告の右請求に係る主張は,別訴において,原告の請求した給与請求権の全額が認められたにもかかわらず,前訴で請求した金額を超える給与請求権が存在するというものであるところ,右主張は,既判力の生じた別訴の確定判決と矛盾するものであるから,右既判力によって遮断される。
なお,原告は,本件訴訟提起は別訴の判決確定前であるから別訴の既判力に抵触しないと主張するが,既に別訴判決が確定して既判力が生じている以上,訴えの提起が判決の確定前であるか後であるかによって既判力の有無が左右されるものではなく,原告の右主張は独自の見解であって採用することができない。
2 本件において,原告は,平成5年3月分から平成7年8月分までの賞与をも請求しているところ,被告は,右期間中の賞与請求も,給与請求と同様別訴の既判力に抵触する旨主張する。
しかし,証拠(<証拠略>)によれば,被告の給与規定において,給与は,本給,資格手当,職務手当,業務手当,家族手当,住宅手当から成る基準給与,時間外勤務手当,休日振替出勤手当,宿日直勤務手当から成る基準外給与,及びその他の給与から成っており,その支給方法は,当月1日から末日までを1か月分として計算し,月額で定められるものについては当月の20日に,時間によって定められるものについては翌月の20日に支給すると定められていることが認められる。これに対し,証拠(<証拠略>)及び弁論の全趣旨によれば,被告の就業規則や給与規定には賞与に関する定めはなく,賞与の支給基準は,個別の妥結又は労働協約の締結によって定められることが認められる。
このように,賞与は給与とは別の支給基準に基づいて支給されるのであり,その請求権の発生原因は,給与請求権の発生原因とは異なるものであることが認められるから,給与についての別訴の既判力が本件における賞与請求に及ぶものではないというべきである。
八 争点9(確認の利益の有無)について
一般に,確認の訴えにおいては,紛争の存する現在の法律関係を対象とするのが適当であり,かつそれで足りるが,そのような現在の法律関係の基礎にある過去の基本的な法律関係を確定することが,現に存する紛争の直接かつ抜本的な解決のために最も適切かつ必要と認められる場合には,過去の法律関係の確認を求める訴えであっても,確認の利益が認められるというべきである。
これを本件についてみると,本件休職命令が有効であるか無効であるかは,休職命令期間中の給与の有無及び額に影響を及ぼしているだけでなく,被告の内務職員給与規程付則の本給運用規程において,休職者の昇給については復職時点でその都度定めるものとして定期昇給とは異なる取扱いがされ(<証拠略>),復職以後3年以上にわたる給与額にも影響を及ぼしているのであって,休職命令期間中の給与のみならず,復職以後の給与についても現に紛争が存するのであり,この紛争の直接かつ抜本的な解決のためには,本件休職命令の効力の有無を確定することが最も適切かつ必要であると認められる。
したがって,本件休職命令の無効確認請求が不適法である旨の被告の主張は,採用できない。
九 争点10(休職事由の有無)について
1 証拠及び弁論の全趣旨によれば,次の各事実が認められる。
被告は,平成4年10月13日付けで原告の傷病欠勤の扱いを解き,原告に対し,同年12月1日からの出勤を命じた(<証拠略>)。
被告は,右同日から,原告に,教育資料の作成並びに文書の発信,ファイリング及び配布を内容とし,時間外勤務の全くない団体保険関係業務を担当させた。右業務は,従前原告が行っていた保険金業務に比較して責任が薄い業務であった(<証拠略>)。
小島は,平成4年12月9日付けで,「病名頚肩腕障害,右記で症状軽快し,就労中であるが,過度の緊張等身体への影響から症状再燃をまねくこともあり,衣服,椅子について,当該がリラックスして業務に臨めるよう配慮することを要す。」との診断書を書き,原告は,この診断書を被告に示して椅子や衣服についての改善を要求した(<証拠略>,原告本人)。
また,平成5年1月13日に行われた団体交渉において,東京労組は,被告に対し,机や椅子の改善を要求し,その際,机や椅子が使いにくいことはストレスになり,それによる疲労が蓄積されれば症状が再燃する可能性もあるとの主張をした。(<証拠略>)
被告は,原告及び東京労組の右主張に関し,被告の産業医に意見を求めたところ,机,椅子や衣服などの単なる物理的要因を除去したとしても原告の疾病がいわゆる心身症の主要なものの1つである以上,心因的要因により増悪の可能性は否定できず,物理的なものだけでは症状再燃防止の効果は上がらない,との見解を得た(<証拠略>)。
そこで,被告は,原告及び東京労組の右主張や小島の診断書の内容に加え,その後の団体交渉で,原告及び東京労組が,人間関係でも症状が再燃するとの主張をしているにもかかわらず原告自身が周囲との人間関係を破壊していることなどを考慮して,原告が通常勤務に耐えられない状態であると判断し,原告に対し,平成5年2月26日,第1回休職命令を発した(<証拠略>)。
小島は,原告が休職を命じられたことを聞き,原告に症状の悪化は認められず,全日勤務が可能な状態であることを再度確認するため,平成5年3月3日付けで,「病名頚肩腕障害,右記にて,’92年12月1日より全日勤務で就労しているが特に休業を要する症状増悪は認められない。現症から,全日勤務に何ら支障ない状態と認む。」との診断書を書き,原告は,同月4日,これを被告に提出した。(<証拠略>)
これを受けて,被告は,東京労組に対し,平成5年3月3日付けの診断書が平成4年12月9日付けの診断書と矛盾するのではないかとして,書面で質問をしたところ,東京労組は,過度の緊張状態が負荷された場合には,症状再燃を招くおそれがあると回答したため,被告は,原告を復職させることはできないと判断した。(<証拠略>)
その後原告から被告に対して,疾病が治癒したとか,疾病の増悪の可能性がなくなったとかいう申出はなかったため,同様の判断で第2回休職命令及び第3回休職命令を発した。(<証拠略>)
本件休職命令においても,従前と同様,本件疾病は治癒しておらず,症状の増悪可能性,再燃可能性はなくなっていないから,通常勤務が可能な状態になったとはいえないことを理由としたが,従前の休職命令が無効であるとの判決があったのを受けて,傷病欠勤と同様に,85パーセントの給与を支給することにした(<証拠略>)。
なお,平成4年12月1日に職務に復帰して以降,原告は,週に約1回の割合で通院し,治療を続けているが,勤務に支障のあるような悪化は認められていない(<証拠略>)。
2 被告は,本件休職命令に当たり,<1>原告の症状は平成5年4月12日付け東京労組作成の回答書と変更がないこと,<2>原告の本件疾病が治癒していないこと,<3>原告の本件疾病の増悪あるいは再燃可能性はなくなっていないことの各点を挙げ,就業規則に定める通常勤務が可能となる状態に至ったとは認められないとし,就業規則48条1項(1),(5)及び(6)に該当するとしている(<証拠略>)。
そこで,休職事由の有無につき,右条項各号に該当する事由があるかどうかを検討する。
(一) 就業規則48条1項(1)について
就業規則48条1項(1)は,休職事由として,傷病欠勤が引き続き同規則32条の期間以上にわたった場合を挙げている。
右休職事由は,休職を命じる時点において傷病欠勤の状態にあり,傷病欠勤が就業規則32条の期間(勤続年数によって異なる期間が定められている。)継続していたことをいうものであるところ,前記認定のとおり,原告は,平成3年4月22日から傷病欠勤し,平成4年12月1日から職務に復帰したものの,休職命令を受けて平成5年3月1日から休職していたものであり,本件休職命令が発せられた平成7年8月31日においては,傷病欠勤の状態になかったのであるから,右休職事由には当たらない。原告は,平成7年8月31日の時点で休職中であったが,右休職の前提となった第3回休職命令は,別訴で無効と確定しているから,これをもって右休職事由の「傷病欠勤」とみなすことはできない。
したがって,就業規則48条1項(1)に該当する事由はない。
(二) 就業規則48条1項(5)について
就業規則48条1項(5)は,休職事由として,本人の帰責事由により業務上必要な資格を失うなど,該当業務に従事させることが不適当と認めた場合を挙げている。
そして,就業規則によって認められる被告の休職制度全般の趣旨に照らすと,同規則48条1項(5)の休職事由は,職員本人に何らかの帰責事由があり,それが原因となって,本人をその業務に従事させることが不適当と認められるような事由をいうものと解するのが相当であるところ,原告が本件疾病に罹患したことや,それが治癒せず,将来再燃,増悪する可能性があることなどが,直ちに原告の責めに帰すべき事由によるものとまでいえないから,右症状の再燃,増悪の可能性があることをもって,右休職事由があるということはできない。
したがって,就業規則48条1項(5)に該当する事由はない。
なお,これに対し,被告は,右条項(5)の「本人の帰責事由により業務上必要な資格を失なう」は例示にすぎないことを前提に,業務上必要な資格を失った場合には本人の帰責事由の有無にかかわらず該当業務に従事させることができないから,そのような場合に休職処分にできないことは不適当であるとし,本人の帰責事由は右休職事由の前提になるものではないと主張する。
しかし,右のように,業務上必要な資格を失った場合には本人の帰責事由の有無にかかわらず休職事由に該当すると考えるのであれば,「業務上必要な資格を失った場合」とのみ例示するはずであって,被告の解釈は,例示に当たって本人の帰責事由を明示した明文の規定を無視するものであるから,採用できない。
(三) 就業規則48条1項(6)について
就業規則48条1項(6)は,休職事由として,「その他前各号に準ずるやむを得ない理由があると会社が認めた場合」を挙げているので,同条項(2)ないし(4)の規定を参照すると,同条項(2)は,「事故欠勤が引続き1カ月以上にわたった場合」,同条項(3)は,「本人から休職の申し出があり,会社が必要と認めた場合」,同条項(4)は,「刑事事件によって起訴された場合」をそれぞれ挙げている。そうすると,右条項(1)ないし(5)は,職員からの休職の申出を前提とする同条項(3)を除き,いずれも,職員が,被告及び職員双方の責めに帰すべきでない事由により,又は職員の責めに帰すべき事由により,通常勤務を行うことに支障をきたす場合を休職事由と定めているものと解される。
そして,被告が本件休職命令の理由として挙げた事項からすれば,被告は,原告に就業規則48条1項(1)の傷病休職に準じるやむを得ない事由があるとして,休職命令を発したと考えられるところ,同規則においては,職員が業務外及び通勤災害以外の傷病によって欠勤するときは,まず傷病欠勤として扱い,傷病欠勤の期間内に治癒しないときに初めて休職を命じるものとされていることに加え,前記認定のとおり,休職者には,その昇給について定期昇給とは異なる扱いがされる不利益があることを併せ考えると,傷病休職に準じるやむを得ない事由があるかどうかは厳格に解釈すべきであり,本件の場合,原告の本件疾病が治癒しておらず,その症状が再燃したり,増悪したりする可能性があるというだけでは足りず,原告の本件疾病が就業規則48条1項(1)の傷病欠勤の場合と実質的に同視できるものであって,通常勤務に支障を生じる程度のものである場合に,同条項(6)の休職事由があるというべきである。
そこで,原告の症状が,右条項(1)の傷病欠勤の場合と実質的に同視できる程度の状況であったかどうかについて検討するに,被告は,原告が通常勤務可能な状態になかったことの根拠として,概ね<1>平成4年12月9日付けの小島の診断書(<証拠略>)においては,症状の増悪を招くことが明らかにされているところ,この診断書は,同月1日に原告が職務に復帰してからわずか5日の勤務を行った時期に作成されたものであること,及び<2>原告及び東京労組が,平成4年12月から平成5年2月までの団体交渉において,疾病の増悪可能性があるとの主張をしていることを挙げる。
しかし,平成4年12月9日付けの小島の診断書は,証拠(<証拠略>,原告本人)及び弁論の全趣旨によれば,職場の人間関係及び机や椅子等の作業環境について被告に配慮を求めるために診断書を書いてほしいとの原告の求めに応じて,なるべく快適な環境で勤務できるよう配慮してほしいとの趣旨で作成したものであって,全日勤務によって症状が再燃することを意味するものではないと認められる。また,団体交渉における原告や東京労組の主張も,職場の人間関係についての配慮を求める趣旨での発言であり,他の証拠(<証拠略>,原告本人)に照らし,客観的理由に基づくものとは考えられない。
そして,既に認定したように,原告は,約1年4か月にわたる傷病欠勤の後,全日勤務に支障がない旨の小島の診断書を提出して出勤の申出をし,被告において検討した結果,被告は,通常勤務を行うことができると判断して傷病欠勤を解き,原告は,これに基づいて3か月間の通常勤務を行ったのであり,この間,原告は,週1回程度の通院治療を受けていたが特に疾病が悪化するようなことはなかったのであるから,平成5年3月1日の時点において,原告の欠勤の状況及び本件疾病の程度は,就業規則48条1項(1)の場合と同視できるような,通常勤務に支障を生じる程度のものであったとは認められない。さらに,原告の症状が休職以後悪化したことは認められないことや,小島が,平成6年8月25日にも,通常勤務に何ら支障のない状態であるとの診断書(<証拠略>)を作成していることをも併せ考えると,本件休職命令が発せられた平成7年8月31日の時点においても,就業規則48条1項(1)の場合と同視できるような,通常勤務に支障を生じる状況があったものとは認められない。
したがって,就業規則48条1項(1)に準じるやむを得ない事由があるとはいえず,同条項(6)に該当する事由はない。
(四) (一)ないし(三)のとおり,就業規則48条1項(1),(5)及び(6)のいずれに該当する事由もないから,本件休職命令に当たり,休職事由は存在しない。
3 右に反し,被告は,従業員の傷病が治療継続中であり,勤務によって症状が再燃し増悪する可能性があり,従業員の身体生命に関する使用者の配慮義務からして就労を命じることはできないと主張する。
しかし,既に,平成4年8月21日付けで小島が作成した「全日勤務可の状態と認む」との診断書が出され,これを受けて同年12月1日に原告の職場への復帰を認め,疾病に対する配慮の観点から,時間外勤務がなく,責任が薄い業務を担当させて,3か月の間,疾病が悪化することなく通常勤務を行っていたのであるから,平成5年3月1日の時点であえて配慮義務を持ち出して休職を命じる必要性はなかったものであり,平成7年8月31日の時点でも必要性は認められない。
また,被告は,本件休職命令が有給の処分であることを理由として休職事由が存在すると主張するが,本件休職命令が有給であるか無給であるかは,就業規則に定める休職事由に当たらないとの前記判断を左右するものではないし,有給であっても,傷病欠勤と同じ85パーセントの支給であるから,職員に不利益を与える処分であるという点では,無給の休職命令との間に差異はない。
したがって,被告の右主張は採用することができない。
一〇 争点12(休職期間経過後の給与に関する既判力)について
被告は,別訴の確定判決の既判力により,平成7年9月の給与は月額25万9160円となると主張するが,給与請求権に関する別訴の既判力は,平成5年3月から平成7年8月までの給与請求権が月額25万9160円であることについて生じるにとどまり,平成7年9月の給与請求権の額が論理的に平成7年8月までの給与請求権の額を前提にするものではないから,平成7年9月以降の給与請求権について,別訴の既判力は及ばない。
そして,平成3年4月当時の原告の給与額が月額25万2560円であったこと,その内訳は,本給が49号俸で9万9360円,資格手当が14万2700円,職務手当が初―4級で1万0500円であったこと,平成4年4月に定期昇給が認められることは前記のとおりであり,平成4年4月の定期昇給額は,証拠(<証拠略>)によれば,3240円であることが認められる。また,平成4年4月に6600円のベースアップがあったことには争いがない。従前の休職命令は,いずれも無効であることが確定しているから,平成5年から平成7年までの各4月には,各3240円の定期昇給が認められる(<証拠略>)。さらに,弁論の全趣旨によれば,平成5年4月に3900円の,平成6年4月に900円のベースアップがあり,平成7年4月にはベースアップがなかったことが認められる。
そうすると,平成7年9月当時の給与額は,月額27万6920円であると認められる。
一一 争点13(安全配慮義務違反の有無)について
1 原告は,安全配慮義務違反として,<1>被告には,原告に過重な負担がかからないように人員を配置するなどして原告の業務量を適正にすべき義務があったにもかかわらずこれを怠り,過重な業務をさせ続けた結果,原告が本件疾病に罹患したこと,及び<2>原告の復職後,休職を通じて原告の職場復帰を拒絶したことを主張している。
2 まず,1の<1>原告の業務量を適正にすべき義務について検討する。
(一) 前記認定の事実からすれば,昭和62年4月までに原告が従事した保全業務については,業務量が適正でなかったとは認められない。
(二) 昭和62年5月から昭和63年3月までの間に原告が従事した料金業務については,原告が初めて担当する業務であり,原告が主任の地位にあったために他の職員を指導しなければならなかった等の事情があったとはいえ,業務量が適正でなかったとは認められない。
昭和63年4月から平成元年3月までの間は,業務量が増大したことは認められるが,それに対して,被告は,前記認定のとおり,昭和63年5月から同年8月までパートの職員1名を充て,同年9月から同年11月ころまで新規に採用した正社員1名を充て,同年11月ころからはパートの職員1名を充てて対応している。そして,平成元年4月以降は,同じ業務を2名の正社員が担当し,その状況が継続していることに加え,昭和63年4月から平成元年3月までの業務量と,平成元年4月以降の業務量とが大きく変わったことは認められないことからすれば,昭和63年4月から平成元年3月までの間の料金業務についても,事後的に考えれば,2人で担当するのが適当な業務量であったものと認められる。
もっとも,証拠(<証拠略>)によれば,昭和63年4月から平成元年3月までの間の人員の配置については,次のとおりであることが認められる。
すなわち,保全員が3名増加しても,それに加えて保全指導員が1名配属になり,保全員の集金に関して発生する料金業務の多くを保全指導員が担当すること,領収証の枚数が3倍以上に増えても,領収証はOCR機で読み取らせるだけであるから必ずしも領収証の枚数に比例して業務量が増加するわけではないことなどから,業務量の増加がどの程度になるかは明確でなかったため,しばらく様子を見ることにした。その結果,当時被告八王子支社の内務次長をしていた兎原利典は,増員が適当であると判断し,支社長及び本社と相談の上,パートの職員を1名採用して料金業務に充てることにした。採用したパートの職員は,昭和63年5月から勤務したが,妊娠が判明したため,同年8月に退職した。そこで,後任のパート職員を採用するための手配をしたが,それまでの期間,当初別の担当に配属させるために採用した新入社員に,料金業務を補助させた。後任のパート職員は昭和63年11月ころ採用され,その後,原告は,パートの職員の補助を受けていた。なお,パートの職員の採用については,最終的には本社の権限であり,本社の了解を得て支社で採用をしていた。
右事実及び既に認定した事実によれば,保全員の集金に関係して増加する業務の多くが保全指導員の担当であったことから,業務量の増加について保全員の配属前に把握することは困難であったものと認められ,また,職員を急速に採用することが必ずしも容易ではないことをも併せ考えれば,被告は,右の増員措置により,原告の業務量を適正にするための義務を尽くしたものと認められる。
(三) 平成元年4月から平成2年3月までの間に原告が従事した料金業務及び平成2年4月から平成3年3月までの間に原告が従事した保険金業務については,業務量が適正ではなかったとは認められない。
(四) そうすると,被告は,原告の業務量を適正にすべき義務に違反したものということはできず,これに加えて,原告が従事した業務は頸肩腕症候群を発症させる典型的な職種ではなかったこと,被告において頸肩腕症候群が発症した例はないこと,原告の本件疾病について診断名が初めて付されたのが平成3年2月であること等の事情をも併せ考えれば,原告に本件疾病が発症したことにつき,被告の安全配慮義務違反は認められない。
3 次に,1の<2>原告の復職後,休職を通じて原告の職場復帰を拒絶したとの主張について検討する。
原告の右主張は,無効な休職命令を発したことが安全配慮義務違反を構成し,債務不履行に基づく損害賠償責任を被告が負うとの主張であると考えられる。
右主張において,原告は,右債務不履行に基づく損害として,休職しなかったであれば得られたであろう給与等と現実に支給された給与等との差額を主張しているところ,休職命令が無効であったとしても,給与等の請求権が消滅するものではなく,右請求権を行使すれば足りるのであるから,仮に無効な休職命令を発令したことが安全配慮義務違反に該当するとしても,損害は発生していないというべきである。なお,時効によって給与等の請求権が消滅した場合は,その請求権の消滅は,時効期間内に原告が行使しなかったことによるものであって,無効な休職命令が発せられたこととの間に相当因果関係が認められるものではない。
4 したがって,被告には,安全配慮義務違反による損害賠償責任は認められない。
一二 争点14(第1次懲戒処分の効力)について
1 前記争いのない事実等及び既に認定した事実のほか,証拠(<証拠略>,原告本人)及び弁論の全趣旨によれば,次の各事実が認められる。
(一) 東京高等裁判所で行われた第2次訴訟の和解交渉において,原告の復職が可能かどうかにつき,従前から原告が診察を受けていた小島以外の医師の診察によって確認することになった。そこで,原告は,平成8年6月から7月にかけて,東京労組の指定する東京都立府中病院並びに被告の指定する国立相模原病院及び西東京警察病院において医師の診察を受け,いずれの病院においても,勤務が可能な状態であるとの診断がされた。
もっとも,右和解交渉は,成立に至らず,第2次訴訟は,平成8年8月26日に被告が控訴を取り下げたことにより終了した。
(二) 原告は,本件休職命令による休職期間が平成8年8月31日で満了するのに合わせて,被告に対し,同月26日付けで,同年9月1日に被告八王子支社に出社する旨の通知書を発した。
これに対し,被告は,同月28日付けで,同年9月1日から原告の自宅で勤務するよう命じる旨の通知書を発した。
(三) 原告の業務内容については,生命保険に関するテキストを学習し,学習の結果をレポートにまとめ,指定した日に提出することとの指示がされ,同様の指示が順次繰り返されていた。また,被告は,原告に対する業務の指示において,業務の遂行状況を業務日報に記入して提出することを併せて指示した。
(四) 原告は,平成8年12月1日付けで,被告の役員に対し,「富国生命保険相互会社役員のみなさま」で始まる書面(<証拠略>)を送付した。
右書面は,最高裁判所の判決において休職命令が無効であると判断されたこと,東京高等裁判所で行われていた和解交渉において,被告が労災と認めない前提の和解案に固執したために和解が成立しなかったこと,被告が第2次訴訟の控訴を取り下げたことをそれぞれ述べた上で,被告が原告の勤務先を原告の自宅とする旨の通知を行ったこと及び原告に対する給与の支給において休職命令期間中の昇給がないものとしたことについて抗議する内容の書面であった。
右書面には,右の内容に加えて,「法律を無視しきっている富国生命の存在はますます多くの人の知るところとなり,会社の名誉は日増に低下するばかりです。」との記述や,「『労災認定も最高裁判決も踏みにじり続ける生命保険会社』はテレビ放映もされる予定(ルックルックこんにちは)です。」との記述があった。
(五) 原告は,平成8年12月3日付けで,被告の事業所に宛てて,「FAX送信」で始まる文書(<証拠略>)をファックス送信した。
右文書の本文においては,テレビで「労基署の労災認定・最高裁判決を踏みにじり続ける生命保険会社」の存在が放映されることが伝えられ,それに続いて,「『富国・貧民・無法地帯』の民主化のために,ぜひ,ご覧ください。」との記述があった。
(六) 原告は,平成8年12月6日,就労時間中に労働組合活動に従事したが,業務日報には,「業務指示待ち」とのみ記載した。
2 役員への文書の送付について
被告は,原告が被告の役員に対して「富国生命保険相互会社役員のみなさま」で始まる書面(<証拠略>)を送付したことが虚偽の事実を記載するなどして被告の信用を棄損するものであると主張するので,検討する。
(一) 被告は,東京高等裁判所において和解が成立しなかったのは,原告が裁判所案を拒否したからであって,被告が労災と認めない前提の和解案に固執したために和解が成立しなかったとの記述は虚偽の事実を記載したものであり,取締役に虚偽の事実を通知することによって,被告内における混乱を発生させようとしたものであると主張する。
しかし,和解は両当事者の合意によってのみ成立するものであり,和解が成立しなかったことの原因が何かは客観的に確定できるものではないから,原告が和解の経緯についての自らの理解を記載したからといって,虚偽の事実を記載したものとはいえない。
また,被告は,労災と認めない前提の和解案に被告が固執したとの記述については,和解案は原告の記述の内容ではなく,右記述は虚偽であると主張するところ,和解の経緯については定かではなく,右記述が虚偽であると認めるに足りる証拠はない。
(二) 被告は,「法律を無視しきっている富国生命の存在はますます多くの人の知るところとなり,会社の名誉は日増に低下するばかりです。」との記述や,「『労災認定も最高裁判決も踏みにじり続ける生命保険会社』はテレビ放映もされる予定(ルックルックこんにちは)です。」との記述が,虚偽の事実を記載したものであり,会社の信用を棄損するとともに,会社に対する従業員(取締役を含む。)の不信感を醸成するものであると主張する。
右の記述のうち,労災認定を踏みにじったとの記述は,前記書面中に,労災による休業や休職であるから昇給昇格が行われるべきであるとの原告の主張が記載されていることとも関連して,労災認定の趣旨に反する対応を被告が行っているとの批判の趣旨を込めたものと理解することも可能であるが,他の記述,すなわち,「法律を無視しきっている」,「会社の名誉は日増に低下するばかり」,あるいは「最高裁判決も踏みにじり続ける」といった記述は,根拠のない誹謗中傷であり,不当な表現であるといわざるを得ない。
もっとも,原告が送付した前記書面全体の趣旨を考慮すれば,前記書面は,役員に対して,原告に対する対応の改善を求める内容書面であって,右誹謗中傷が記載された部分は,主要な記述に付加して記載された部分であって,付随的な記述にすぎない。これに加えて,右書面が被告の役員に対してのみ送付されたものであることをも併せ考えれば,右書面の送付が被告の信用を棄損するものとは認められない。
3 被告の事業所に宛ててファックス文書を送信したことについて
(一) 被告は,原告が被告の事業所に宛ててファックス文書(<証拠略>)を送信したことが,会社の許可なく事業所内において文書図画の掲示等をしたときに該当すると主張している。
しかし,事業所内において文書図画の掲示をする行為は,会社の施設の利用が継続的であり,いったん掲示されれば不特定多数の職員の閲覧が当然に予測されているのに対し,原告が文書をファックスで送信した行為は,会社の施設の利用が一時的であり,多数の職員が閲覧するとは考えられないといった相違があることからして,原告の行為は,文書図画の掲示と同視することはできず,会社の許可なく事業所内において文書図画の掲示等をしたときには該当しないと考えるのが相当である。
(二) 被告は,右文書中の「富国・貧民・無法地帯」との記述は,被告の従業員又は取締役が貧民であることを示し,被告が無法地帯であることを示しており,虚偽の事実記載であり,『労災認定・最高裁判決を踏みにじり続ける生命保険会社」との虚偽の記述と合わせ,これらの虚偽の事実の記載は,被告の信用を失墜させるだけでなく,従業員の会社への不信感を醸成させるものであると主張する。
右の「富国・貧民・無法地帯」との記述は,「最高裁判決を踏みにじり続ける」との記述と同様,根拠のない誹謗中傷であるというほかなく,それに加え,右文書においては,「富国・貧民・無法地帯」との文字が他の文字よりも大きな文字で記載されていることをも考えると,テレビ放映の事実を伝え,視聴を促すという内容を超えて,誹謗中傷を中心的内容とする文書であるといわざるを得ない。
もっとも,右文書は,被告の事業所に宛ててファックス送信されたものであり,多数の職員が閲覧するような状態においたものとも考えられないから,原告の行為によって被告の信用が失墜するとはいえないし,従業員の会社への不信感が醸成されるとまでは認められない。
4 平成8年12月6日の欠務について
被告は,原告が平成8年12月6日の就労時間中に勤務場所である自宅を離れて労働組合活動に従事したことが,従業員の企業秩序遵守義務違反に該当し,懲戒処分の対象となると主張している。
しかし,一般職である原告の職務内容等については,就業規則4条(2)において,主として事務的業務及び営業補助的業務に従事する職員をいい,勤務地は居住地から通勤可能な事業所とする,と規定されており,就業規則の他の条項を見ても,自宅勤務は全く想定されていないものと考えられるし,生命保険に関するテキストを読んでレポートを作成するという業務は,右の事務的業務及び営業補助的業務のいずれからもかけ離れているから,自宅における勤務の命令及び原告に対する業務指示はいずれも就業規則に反し無効である。
そうすると,被告による自宅勤務命令に反して自己の持ち場を離れたことは,企業秩序遵守義務違反を構成しないし,有効な業務指示が与えられていない以上,原告が就労時間中に労働組合活動に従事したことをもって企業秩序遵守義務違反になるともいえない。
5 業務日報の記載について
被告は,業務日報に虚偽の記載をしたことをもって就業規則違反になると主張するが,4記載のとおり,原告に与えられた業務指示は無効であるから,それに伴う業務日報の提出に関して労働組合活動を行ったことを記載しなかったからといって,就業規則違反を構成するものではない。
6 したがって,被告の行った第1次懲戒処分については,右のとおり懲戒事由がないから,無効である。
7 なお,被告は,使用者には懲戒処分に関する幅広い裁量権があり,懲戒処分については著しく妥当を欠いたかどうかについてのみ判断すべきであって,本件は裁量権の範囲内であるから,適法であると主張する。
しかし,懲戒事由がある場合に,懲戒処分を行うか,あるいは,どの懲戒処分を適用するかについて裁量の問題が発生するとしても,懲戒事由がない場合に裁量の問題が発生する余地はなく,被告の右主張は採用できない。
一三 争点15(第2次懲戒処分の効力)について
1 前記争いのない事実等及び既に認定した事実のほか,証拠(<証拠略>)及び弁論の全趣旨によれば,次の各事実が認められる。
(一) 原告は,平成9年3月1日発行の「働く女性のパワーアップメニュー」と題する書籍において,「富国・貧民・無法地帯」と題する文章(<証拠略>)を掲載した。
右文章は,本件疾病の発症及び労災認定等の経緯,原被告間の訴訟の推移,原告に対する被告の処遇等を記述したものである。
(二) 原告は,「富国生命闘争の勝利をめざす支援共闘会議」発行の平成9年3月15日付け「支援共闘ニュースNo.1」(<証拠略>)において,「富国のマークは会社体質をあらわしている」と題する文章を掲載した。
右文章は,被告が原告に対して前記第1次懲戒処分を行ったことを述べた上で,被告のロゴは兵隊がバンザイしている姿を表したものであると紹介し,被告においては,天皇制度や軍国主義が重んじられ,会社への絶対服従を強いる社員教育が長い間続けられてきたことを記述したものである。
(三) 原告は,平成9年6月20日及び同月27日,被告の許可を得ずに就業時間中労働組合活動を行ったが,業務日報には「業務指示による業務」とのみ記載した。
(四) 被告の社章は,昭和21年に制定されたもので,生命保険の「生」の字を図案化したものである。被告の職員に対しては,この社章の由来につき,入社時に説明されている。
2 平成9年3月1日発行「働く女性のパワーアップメニュー」と題する書籍に「富国・貧民・無法地帯」と題する文章を掲載した件について
被告は,原告が掲載した文章が,被告の信用を棄損したとして第2次懲戒処分を行っているが,原告が掲載した「富国・貧民・無法地帯」と題する文章は,原被告間で発生した様々な紛争を取り上げるとともに,それについての原告の意見を述べたものであって,誹謗中傷を内容とするなど,被告の信用を棄損するものとは認められない。
なお,被告は,表題である「富国・貧民・無法地帯」が虚偽の事実記載であるとともに,この部分はリード部分であって,読者に視覚的に訴えることを目的としており,信用棄損を目的としていることが明らかであると主張するが,本文中で事実関係に基づく記述がされていることをも考慮すると,表題に多少不適切な表現が使われているものの,右文章全体としては,被告の信用を棄損するものとは考えられない。
被告は,右に加え,右文章の内容は虚偽の事実を記載するものであって悪意の誹謗中傷を行うなどして被告の信用を失墜させるものであり,従業員(取締役を含む。)を含む一般人の被告への不信感を醸成するものであると主張するが,右文章が虚偽であることの具体的指摘はなく,右主張は採用できない。
3 「富国生命闘争の勝利をめざす支援共闘会議」発行の「支援共闘ニュースNo.1」において,「富国のマークは会社体質をあらわしている」と題する文章を掲載した件について
(一) 原告の掲載した「富国のマークは会社体質をあらわしている」と題する文章(<証拠略>)は,その見出しにおいて,「富国のマークは会社体質をあらわしている」に続けて,「そこに靖国の亡霊と軍隊教育が!」と記載されている。そして,その本文は,支援共闘会議結成総会の参加者に対するお礼の言葉が書かれた前文に始まり,小見出しを付した4つの部分が続いている。小見出しは,それぞれ「富国生命のマーク付きの用箋に書かれた『降格処分』」,「会社のマーク(ロゴ)は兵隊さんがバンザイしている姿」,「1980年まで靖国神社に間借りして本社業務を行う」,「軍国主義の亡霊が絶対服従を強いている」と書かれている。
「富国生命のマーク付きの用箋に書かれた『降格処分』」との小見出しが付された部分においては,東京労働委員会に不当労働行為の救済の申立てをしたところ,その報復として,懲戒降格処分がされたこと,この降格処分の書面においては,被告のロゴが付されていること,続く文中で被告のロゴについて明らかにしていくことが記述されている。
「会社のマーク(ロゴ)は兵隊さんがバンザイしている姿」との小見出しが付された部分においては,原告が,教育担当の嘱託であった先輩から,被告のロゴは兵隊がバンザイしている姿であるとの説明を受けたこと,被告の前身は富国徴兵保険相互会社といい,戦前は徴兵保険を扱っていたこと,戦後の被告の社名表記は「フコク生命」とされたが,会社体質は戦前のままであることが記述されている。
「1980年まで靖国神社に間借りして本社業務を行う」との小見出しが付された部分においては,昭和55年までの間,被告が靖国神社の一角を間借りして本社業務を行っていたこと,被告が従業員に対して天皇制度や軍国主義の価値観を刷り込み続けたことが記述されている。
また,この部分においては,被告のロゴが挿入されており,ロゴには,「兵隊を表す富国生命のロゴ」との説明が付記されている。
「軍国主義の亡霊が絶対服従を強いている」との小見出しが付された部分においては,会社への絶対服従を強いる社員教育が長い間続けられてきたことが記述されている。
(二) (一)記載のとおり,原告が掲載した右文章は,被告のロゴが兵隊がバンザイしているところを表したものであること,被告が昭和55年まで靖国神社の一角を間借りしていたこと等を前提として,被告の体質は,戦前の天皇制度及び軍国主義をそのまま受け継ぐものであり,被告の社内においては,軍国主義的絶対服従が強いられている,と述べるものである。
原告は,被告のロゴが兵隊がバンザイしているところを表したものであることを右文章の前提としているところ,これは,前記認定の事実によれば,事実に反する記述をしたものである。原告は,右文章中において,原告が述べる被告のロゴの制定経緯は,先輩から聞いたものであると述べているところ,右記述が仮に真実であるとしても,ロゴの制定経緯は職員の入社時に説明されているのであるし,入社後であっても,真実の制定経緯を調べて知ることは容易であったと考えられる。
そうすると,原告は,被告のロゴの制定経緯について虚偽の事実をあえて記載し,あるいは,真実の制定経緯を調べることなくあえて誤った制定経緯を記載したものということができる。
また,原告は,被告が昭和55年まで靖国神社の一角を間借りしていたことなどを右文章の前提としているが,これらを前提としても,被告の体質が天皇制度や軍国主義に基づいていると結論づけるのは,あまりに飛躍が大きく,根拠のない誹謗中傷といわざるを得ない。
また,右文章においては,「会社はこの国の差別の根源である天皇制度や,それを支えてきた軍国主義の亡霊から自由になっていない」というような記述がある上,その見出し部分においても,「そこに靖国の亡霊と軍隊教育が!」との記載があるなど,到底正当な表現活動を意図したものとは考えられない。
したがって,原告が掲載した右文章は,虚偽の事実をあえて記述するなどして,不当に被告を誹謗中傷するものであるということができ,しかも,右文章が掲載された「支援共闘ニュースNo.1」は,被告内部にとどまらず,一般人に広く配布されたものと認めることができるから,原告は,被告の信用又は名誉を棄損する行為を行ったものと認められる。
4 平成9年6月20日及び同月27日の欠務について
被告は,原告が平成9年6月20日及び同月27日に被告の許可なく就業時間中に労働組合活動を行ったことが従業員の企業秩序遵守義務違反に当たると主張しているが,原告に対する自宅勤務命令及び業務指示が無効であることは前記一二4のとおりであり,原告の行為は企業秩序遵守義務違反を構成しない。
5 業務日報の記載について
原告に与えられた業務指示は無効であるから,それに伴う業務日報の提出に関して労働組合活動を行ったことを記載しなかったからといって,就業規則違反を構成するものではなく,このことは前記一二5と同様である。
6 1ないし5のとおり,原告は,「富国生命闘争の勝利をめざす支援共闘会議」発行の平成9年3月15日付け「支援共闘ニュースNo.1」において,「富国のマークは会社体質をあらわしている」と題する文章を掲載し,被告の信用及び名誉を棄損したのであって,原告の行為は懲戒事由に当たる。
そして,右行為の表現内容及び表現態様等からすれば,右懲戒事由のみによっても,被告の行った懲戒処分が不当であるとは認められない。
したがって,第2次懲戒処分は有効である。
一四 争点16(不法行為の成否)について
原告は,不法行為の内容を明らかにしていないが,本件全証拠によっても,本件疾病の発症につき被告の不法行為があったとは認められないし,休職命令の発令を不法行為と考えた場合であっても,それに基づく損害が発生していないことは,前記一一3と同様であり,弁護士報酬の損害も観念できない。
一五 以上をもとに,原告の各請求の成否について検討すると,次のとおりとなる(1から11までの項番号は,第二の一記載の項番号と一致する。)。
1 本件補償金規定6条1項に基づく特別補償金請求について
本件補償金規定6条1項に基づく特別補償金請求権の消滅時効の起算点について,労災の認定がされた日であるとする原告の主張に理由がないことは,前記五のとおりである。
そして,本件補償金規定6条1項に基づく特別補償金請求権の発生時については,特段の規定がないが,特別補償金の額は,基準賃金相当額から算出されることからすれば,給与の支給日と同一に考えるのが相当である。
そして,既に認定したとおり,被告の内務職員給与規程(<証拠略>)において,給与は,当月1日から同月末日までを1か月分として計算し,月額(暦日計算)で定められるものについては当月の20日に,時間によって定められるものについては翌月の20日に支給すると規定されていることからして,特別補償金請求権は,遅くとも翌月の20日に発生するものと認められる。
原告が特別補償金請求権の請求の対象としている欠勤期間は,平成3年4月22日から平成4年10月13日までの間であるから,特別補償金請求権は,遅くとも平成4年11月20日までに発生しており,原告が第1事件の訴えを提起した平成7年6月29日の時点では,労働基準法115条により既に消滅時効が完成している。そして,被告は,平成7年10月18日の本件口頭弁論期日において右時効を援用した。
したがって,特別補償金請求は,理由がない。
2 本件補償金規定6条2項に基づく見舞金請求について
本件補償金規定6条2項に基づいて原告に具体的な見舞金請求権が発生するものではないことは,前記4のとおりであり,見舞金請求は,理由がない。
3 平成4年12月分から平成5年2月分までの給与差額請求について
右給与差額請求は,平成4年12月分から平成5年2月分の給与のうち支払がされていない部分についての支払を求めるものであるところ,給与請求権の消滅時効の起算点について,労災の認定がされた日であるとする原告の主張に理由がないことは前記6のとおりである。
そして,給与の支給日については,前記1のとおりであり,右期間の給与請求権の消滅時効の起算点は,最も遅いもので平成5年3月20日であるから,原告が第1事件の訴えを提起した平成7年6月29日の時点では,労働基準法115条により既に消滅時効が完成している。そして,被告は,平成7年10月18日の本件口頭弁論期日において右時効を援用した。
したがって,右給与差額請求は,理由がない。
4 平成4年下期賞与の請求について
平成4年下期賞与の支給日は明らかではないが,弁論の全趣旨からすれば,遅くとも平成4年末であると認めることができ,原告が第1事件の訴えを提起した平成7年6月29日の時点では,労働基準法115条により既に消滅時効が完成している。そして,被告は,平成7年10月18日の本件口頭弁論期日において右時効を援用した。
したがって,平成4年下期賞与の請求は,理由がない。
5 平成5年3月分から平成7年8月分までの給与差額請求について
平成5年3月分から平成7年8月分までの給与差額請求に係る主張が別訴の既判力によって遮断されることは,前記七1のとおりであり,右期間の給与差額請求は,理由がない。
6 平成5年上期から平成7年上期までの賞与請求について
賞与請求が別訴の既判力によって遮断されないことは,前記七2のとおりであるところ,既に認定したとおり,被告の就業規則や給与規定には賞与に関する定めはなく,賞与の支給基準は,個別の妥結又は労働協約の締結によって定められる。
(一) 平成5年上期賞与
平成5年上期賞与については,(証拠略)の確認書のとおりの妥結によって発生したものと認められ,同確認書の支給基準によれば,原告の賞与額は,基準給与額に2.7を乗じた額に2万7000円を加えた額であると認められる。
そして,原告の基準給与額は,平成3年4月当時の基準給与額である25万2560円に,既に認定した平成4年4月の定期昇給3240円及びベースアップ6600円並びに平成5年4月の定期昇給3240円及びベースアップ3900円を加算した26万9540円であると認められる(なお,賞与請求権と給与請求権とが訴訟物を異にするものであることからすれば,右基準給与額の算定に当たって別訴の既判力は影響を及ぼさない。)。
そうすると,原告の賞与額は,右26万9540円に2.7を乗じた額に2万7000円を加え,100円未満を切り捨てた(<証拠略>)75万4700円であると認められる。
なお,被告は,平成5年上期賞与につき時効消滅の主張をするが,賞与請求権の発生時期は,(証拠略)の確認書によれば,平成5年12月20日であることが認められ,第1事件の訴えの提起が平成7年6月29日であることからすれば,消滅時効の完成は認められず,右主張は理由がない。
(二) 平成5年下期賞与
平成5年下期賞与については,(証拠略)の確認書のとおりの妥結によって発生したものと認められ,同確認書の支給基準によれば,原告の賞与額は,基準給与額に3.3を乗じた額に2万5000円を加えた額であると認められる。
そして,原告の基準給与額は,右(一)のとおり,26万9540円であるから,原告の賞与額は,これに3.3を乗じた額に2万5000円を加え,100円未満を切り捨てた(<証拠略>)91万4400円であると認められる。
(三) 平成6年上期賞与
平成6年上期賞与については,(証拠略)の確認書のとおりの妥結によって発生したものと認められ,同確認書の支給基準によれば,原告の賞与額は,基準給与額に2.7を乗じた額に2万6000円を加えた額であると認められる。
そして,原告の基準給与額については,右(一)で認定した平成5年4月当時の基準給与額である26万9540円に平成6年4月の定期昇給3240円及びベースアップ900円を加算した27万3680円であると認められる。
そうすると,原告の賞与額は,右27万3680円に2.7を乗じた額に2万6000円を加え,100円未満を切り捨てた(<証拠略>)76万4900円であると認められる。
(四) 平成6年下期及び平成7年上期の賞与
平成6年下期及び平成7年上期の賞与については,賞与請求権の発生原因となる個別の妥結又は労働協約の締結を認めるに足りる証拠はなく,賞与請求権の発生は認められない。
(五) 右(一)から(三)までで認められる賞与請求権の合計額は,243万4000円となる。
7 本件休職命令の無効確認請求について
本件休職命令の無効確認請求について確認の利益があることは前記八のとおりであり,本件休職命令について休職事由が存在しないことは前記九のとおりであるから,本件休職命令は無効である。
8 平成7年9月分から平成8年8月分までの給与差額請求等について
(一) 右期間についての休職を命じた本件休職命令が無効であることは右7のとおりであり,平成7年9月当時の原告の給与額が月額27万6920円であることは前記10のとおりである。
また,原告については,平成8年4月に定期昇給が認められるべきであるから,同年4月から同年8月までの原告の給与額は,右27万6920円に定期昇給3240円を加算した月額28万0160円であると認められる。
したがって,平成7年9月分から平成8年3月分までの給与請求については,各月27万6920円から支給済みの各月22万4370円を控除した各月5万2550円,同年4月分から同年8月分までの給与請求については,各月28万0160円から支給済みの各月22万4370円を控除した各月5万5790円が認められる。
しかし,平成7年下期及び平成8年上期の賞与請求については,賞与請求権の発生原因となる個別の妥結又は労働協約の締結を認めるに足りる証拠はなく,賞与請求権の発生は認められない。
(二) 右(一)で認められる給与請求権の合計額は,64万6800円である。
9 安全配慮義務違反の債務不履行に基づく損害賠償請求について
被告に安全配慮義務違反の債務不履行に基づく損害賠償責任が認められないことは,前記一一のとおりである。
10 平成8年9月以降の給与等請求について
(一) 平成8年9月分から平成9年3月分までの給与
平成8年9月当時の原告の給与額が月額28万0160円であることは,前記8のとおりである。
平成8年10月分の原告の給与については,同年9月11日の事故欠勤及び同月18日から同月27日までのストライキにより,事故欠勤1日分及びストライキ7日分が控除されるべきことに争いがなく,被告の内務職員給与規程(<証拠略>)及び弁論の全趣旨によれば,事故欠勤控除分として基準給与額に2.0パーセントを乗じた額として5600円及びストライキ控除分として基準給与を日割にした10万3210円(いずれも10円未満は切り捨て)を基準給与額から控除した17万1350円であると認められる。
平成9年1月分の原告の給与については,平成8年12月に3時間30分の不就労があったことにより,不就労分が控除されるべきことに争いはなく,弁論の全趣旨によれば,不就労分として基準給与を日割及び時間割にした7370円(10円未満は切り捨て)を基準給与額から控除した27万2790円であると認められる。
また,平成9年3月1日付けで主任を解く旨の第1次懲戒処分が無効であることは前記一二のとおりである。
したがって,平成8年9月分から平成9年3月分までの給与請求のうち,平成8年9月分,同年11月分,同年12月分及び平成9年2月分については各月28万0160円から支給済みの各月26万3960円を控除した各月1万6200円が認められ,平成8年10月分については右認定の給与額17万1350円から支給済みの16万1450円を控除した9900円が認められ,平成9年1月分については右認定の27万2790円から支給済みの25万7016円を控除した1万5774円が認められ,同年3月分については28万0160円から支給済みの25万0960円を控除した2万9200円が認められ,これらの合計は11万9674円となる。
(二) 平成9年4月分から平成10年3月分までの給与
(1) 平成9年4月当時の原告の基準給与額
弁論の全趣旨から,平成9年4月の昇給査定がF査定であったことが認められ,内務職員給与規程付則の本給運用規程(<証拠略>)によれば,平成9年4月の定期昇給は4号俸の2160円であることが認められるから,平成9年4月当時の原告の基準給与額は,右(一)で認定した平成8年9月当時の基準給与額28万0160円に右定期昇給分を加算した28万2320円であると認められる。
(2) 欠勤日数
平成9年6月20日及び同月27日に原告が事故欠勤したことには争いがない。
そのほか,被告は,平成9年6月30日,同年7月2日,同月18日,同月24日,同月28日,同月31日,同年9月25日,同年10月1日,同月13日,同月14日,同月16日,同月28日,同年11月13日及び同月26日ないし28日に,それぞれ原告が事故欠勤したと主張し,原告はこれを争うので,以下判断する。
被告が右主張の根拠とするところは,(証拠略)の通知書に記載されているように,原告は普通休暇の申出をしたが,平成8年9月1日付け及び同年12月1日付けで与えられた普通休暇は既に使い切っているので,普通休暇は取得できず,事故欠勤として扱われる,というものである。
就業規則(<証拠略>)においては,職員は,勤続年数に従った日数の休暇を1休暇年度(毎年12月1日から翌年11月30日までをいう。)に受けることができるとされ,勤続4年以上の者に与えられる日数は,14日に,3年を超える勤続年数1年につき1日の割合で加算した日数であること,総日数は20日が限度とされること,普通休暇は半日単位で使用することができること,普通休暇の有効期間は3休暇年度とされることがそれぞれ規定されている。
そして,前記争いのない事実等によれば,原告の勤続年数は,平成5年12月1日当時で19年であることが認められ,証拠(<証拠略>)及び弁論の全趣旨によれば,被告は,本件休職命令が満了するに当たって,原告に対し,平成8年9月1日付けで普通休暇20日を付与したこと,原告に対しては,同年12月1日に,就業規則に基づいて20日の普通休暇が与えられたこと,原告が平成8年9月1日から同年11月30日までの間に取得した普通休暇の日数は15日であり,同年12月1日から平成9年6月29日までの間に取得した普通休暇の日数は25日であること,被告は,平成9年6月29日の時点で,原告は,平成8年9月1日付け及び同年12月1日付けで与えられた40日の普通休暇をすべて使い切っているので,普通休暇は残っていないと判断したことがそれぞれ認められる。
しかし,本件休職命令が無効であることは前記7のとおりであり,従前の休職命令がすべて無効であることは別訴で確定されているから,原告に対しては,就業規則27条に基づき,平成5年,平成6年,平成7年の各12月1日に20日の普通休暇が与えられるべきものであって,平成8年9月1日当時原告に残されていた普通休暇日数は60日であると認められ,平成8年9月1日から同年11月30日までの間に原告が取得した普通休暇は15日であるから,平成8年11月30日当時原告には45日の普通休暇が残っていたものと認められる。そして,原告に対しては同年12月1日付けで20日の普通休暇が付与され,普通休暇の有効期間は3休暇年度であるとの規定に基づき,平成8年12月1日当時の原告の残り普通休暇日数は60日となり,平成9年6月29日当時においても,35日の普通休暇日数が残っているものと認めることができる。
そうすると,平成9年6月29日以後,原告の普通休暇日数は残っていないことを根拠に同月30日から同年11月28日までの間に16日の事故欠勤があったとする被告の主張には理由がない。
(3) また,平成9年9月10日付けで降格とする旨の第2次懲戒処分が有効であることは前記一三のとおりである。
(4) 原告の平成9年7月分の給与額は,2日の事故欠勤があるので,被告の内務職員給与規程(<証拠略>)及び弁論の全趣旨によれば,事故欠勤控除分として右(1)で認定した基準給与額28万2320円に2.0パーセントを乗じた額を2倍した1万1290円(10円未満は切り捨て)を基準給与額から控除した27万1030円であると認められる。
また,原告の平成9年10月分から平成10年3月分までの給与額は,証拠(<証拠略>)及び弁論の全趣旨によれば,右(1)で認定した平成9年4月当時の基準給与額28万2320円から2万2600円を減じた25万9720円であると認められる。
(5) そうすると,平成9年4月から平成10年3月までの給与請求のうち,平成9年4月分から同年6月分まで及び同年9月分については各月28万2320円から支給済みの各月25万0960円を控除した各月3万1360円が,同年7月分については右認定の27万1030円から支給済みの23万5930円を控除した3万5100円が,同年8月分については前記認定の28万2320円から支給済みの22万5910円を控除した5万6410円が,同年10月分については右認定の25万9720円から支給済みの22万3350円を控除した3万6370円が,同年11月分については右認定の25万9720円から支給済みの20万5560円を控除した5万4160円が,同年12月分については右認定の25万9720円から支給済みの21万0120円を控除した4万9600円が,平成10年1月分から3月分までについては右認定の各月25万9720円から支給済みの各月22万8360円を控除した各月3万1360円が認められ,これらの合計は45万1160円となる。
(三) 平成10年4月分から平成11年3月分までの給与
(1) 平成10年4月当時の原告の基準給与額
弁論の全趣旨から,平成10年4月の昇給査定がF査定であったことが認められ,内務職員給与規程付則の本給運用規程(<証拠略>)によれば,平成10年4月の定期昇給は4号俸の2080円であることが認められるから,平成10年4月当時の原告の基準給与額は,右(二)で認定した平成9年10月当時の基準給与額25万9720円に右定期昇給分を加算した26万1800円であると認められる。
(2) そうすると,平成10年4月分から平成11年3月分までの給与請求については,(1)で認定した各月26万1800円から支給済みの各月23万0440円(ただし,平成10年4月分及び同年5月分の定期昇給分については,同年6月にまとめて支給されている。)を控除した各月3万1360円が認められ,この合計は37万6320円となる。
(四) 平成11年4月分から同年7月分までの給与
(1) 平成11年4月当時の原告の基準給与額
弁論の全趣旨から,平成11年4月の昇給査定がF査定であったことが認められ,内務職員給与規程付則の本給運用規程(<証拠略>)によれば,平成11年4月の定期昇給は4号俸の2080円であることが認められるから,平成11年4月当時の原告の基準給与額は,(三)で認定した平成10年4月当時の基準給与額26万1800円に右定期昇給分を加算した26万3880円であると認められる。
(2) そうすると,平成11年4月分から同年7月分までの給与請求については,(1)で認定した各月26万3880円から支給済みの各月23万2520円(ただし,平成11年4月分及び同年5月分の定期昇給分については,同年6月にまとめて支給されている。)を控除した各月3万1360円が認められ,この合計は12万5440円となる。
(五) 平成8年下期から平成11年上期までの賞与
平成8年下期から平成11年上期までの賞与請求については,賞与請求権の発生原因となる個別の妥結又は労働協約の締結を認めるに足りる証拠はなく,賞与請求権の発生は認められない。
(六) (一)から(四)までで認められる給与請求権の額は,107万2594円となる。このうち,原告が平成9年4月分までの給与とそれ以降の給与とで遅延損害金の始期を分けて請求しているところ,右金額のうち平成9年4月分までの金額は,15万1034円,その余は92万1560円である。
11 不法行為に基づく損害賠償請求について
被告が不法行為に基づく損害賠償責任を負わないのは,前記一四のとおりである。
第四結論
以上によれば,原告の本訴請求は,本件休職命令の無効の確認(前記第三の一六の7)並びに平成5年上期から平成6年上期までの賞与(同6),平成7年9月から平成8年8月までの給与のうち未支給分(同8)及び平成8年9月から平成11年7月までの給与のうち未支給分(同10)の支払を求める限度で理由があるから右の限度でこれを認容し,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 関野杜滋子 裁判官 栗原洋三 裁判官 東崎賢治)